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苦しいと「がんばっている感じがする」と、何かをやり遂げるプロセスにおいて、不快をなぞっていく方がいらっしゃいます。気持ちよくない方、もっと言うと気持ち悪い方を選ぶと、安心できるのです。「結果を出せないかもしれない」という不安の免罪符にもなるからでしょう。

また、そもそも何が気持ちよくて何が気持ちよくないかもわからない方もいらっしゃいます。さらには、気持ちいいこと=やましいことと捉える人もいます。お酒やセックスやランナーズハイの気持ちよさ、過去に経験した気持ちよさを並べてみて、途方にくれるようです。

正しくない気持ちよさは、つまり自分だけでなく、みんなにとってマイナスになる気持ちよさは、事実として不自由をもたらします。お酒の例がわかりやすいかと思いますが、お酒で気持ちいいとき、身体の一部は機能不全に陥っています。千鳥足になったり、ろれつが回らなくなったり、話したことを覚えていなかったりと、身体は不自由です。周りも迷惑します。

正しい気持ちよさは、事実として自由をもたらします。例えば、水泳をして気持ち良い時、実際に肩の可動域が広がります。仕事をして気持ち良い時、何かを否認したり抑圧することなく、自分のエネルギーをきちんと統合した状態で、フルに使えています。周りも「なんかいいな」と思えています。

わたしたちは、やりたいことを選んだつもりでも、結局やらなくちゃいけないことからは逃れられません。また、やりたいことだったはずなのに、プロセスにおいて「気持ちよくない」を選び続けてしまうと、しまいには何がやりたかったのか分からなくなります。

やらなくちゃいけないことから逃げるのではなく、やりたかったことにすがりつくのではなく、やると決めたことは完遂するのが大切であることは、言うまでもありません。だからこそ、プロセスにおいて、正しい気持ちよさを選択し続けられる自分に変容しておくことは、文字通りあなたの人生を変えます。