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「そうしたくない」とうっすらでも表しているのに、相手が説得してきて、最後はなぁなぁになって相手の思い通りになってしまって、嫌な気分がもやっと残ることはありませんか?

昨日の記事とつながりますが、あなたは「そうしたくない」と要求/望みをクリアにするだけでなく、そういう要求/望みが属する自分を肯定していく必要があるのです。それを学びきるにはふさわしい状況が開けています。考えようによっては、非常にラッキーです。

あるいは、別の面で同じ相手に対して、あなたも相手を説得して最後はなぁなぁにして自分の思い通りにするというコントロールをしている可能性があります。支配 vs. 被支配の関係では、場面によって、今回はこっちが支配者、今回はこちらが被支配者のように、立場が上に下にと逆転します。なんだか、取っ組み合いのけんかみたいだし、下り坂でもあれば、ころころ転がっていきそうですよね?かといって、上り坂は上がれそうにないですよね?そう、いい方へ上がっていく関係ではないのです、支配 vs. 被支配は。

パートナー間では、「愛される≠セクシュアルな存在として望まれる」を、理解していないと、こうした取っ組み合いの競争し続ける関係になります。相手が自分に性欲を感じると「愛されているかも」と思い、それを確信にかえるべく、性的行為に入ります。「愛情はあるのに性的な行為に入らないなんて、ありえない」という信念を生きているので、相手から性欲を引き出そうと、無意識に誘惑します。「愛されないんじゃないか」という恐怖から、性的行為を利用している状態なので、性的行為や性的関係や自分のセクシュアリティへの尊重は、存在しません。セクシュアルな話については、明日以降、ダムの放流のごとく書いていきます。