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まず、パートナーの性欲や性的経験は、パートナーに属しますよね?

そして、それを知って「とにかくわたし/僕はびっくりしちゃったなぁ。あぁ。そうか。自分には遠い話題だと、関係ないふりをしていたから、おどろいたのかぁ。あの人も自分でも知ったとき、すごく驚いたかもしれないねぇ。わたし/僕に話すのに勇気がいったかもしれないなぁ。話してくれる時に深い信頼を感じて、そこは心地よかったなぁ~」のように、ゆっくり打ち返す波打ち際に近い面持ちで、受け止めることもできます。

あるいは「えぇ!!!!そんなことが、わたし/僕の身に起きるなんて!一体どんな月なわけ?もう!そんな人だったなんて、ショック。傷つく。泣いちゃう。人生も終盤なのに、これからどうやって生きていったらいいの?」のように、スタッカートが続くようなピョコピョコ跳ねちゃう混乱と共に、受け止めることもできます。

パートナーが同性愛者だと知ってからのあなたの態度は、例に挙げた上記2つに限らず、どれもあなたに属します。

その上で、知りえた違いを過大評価していないか、振り返ってみてください。今までパートナーと自分の違いを過小評価しきたのではないかも、振り返ってみるといいでしょう。その上で「傷ついた」という感じがあるなら、それがあなた(女性)とお父さん、あるいはあなた(男性)とお母さんの間でも経験されたことのある、既知のものではないかを、振り返ってみます。その傷を、問いに変えてみましょう。

その問いが仮に「どうして裏切るの?」だったとします。そうしたら、パートナーもパートナーの人生の中で「どうして裏切るの?」or「ほーら!裏切った。この人もだよ!」と思うことがないか聞いてみるといいでしょう。二人は同じ問いでつながっています。

その上で、互いの限界を認め合いゆるしあいながら、合意形成し、約束していけばいいのです。限界があることは罪ではありません。だから「ぜんぶいいのと言える夫/妻になりたい」などと、うそぶく必要はありません。誰もに限界があって、それを尊重していくことは、バウンダリーのお話です。