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私たちの社会は、脳の世界というのか心の世界というのか内臓の世界というべきなのか(つまりは身体全体ですが)を、とにかく粗雑に部分的にとらえすぎています。その繊細さや情報処理能力の高さへの理解と敬意は、ほぼ見られません。

一度トラウマを抱えると、それと同様の状況が起きると、実際に心臓だって止まることがあります。驚いたときに「心臓が止まるかと思った」と表したりしますが、これは比喩ではないのです。

大声で怒鳴られ続け、それがトラウマとなった人は、どこかで大声で怒鳴られている誰かを間接的に目撃しただけで、実際に心臓が止まるということです。この繰り返しが心疾患につながるのは、言うまでもありません。

大声で怒鳴られても、いきなり驚かされても、爆音が鳴っていても大丈夫なのが強い人間という、とんでもない考えが、世界を引っ張っています。これは、当然、規模を問わず、戦争の正当化につながります。大声で怒鳴られるのが苦手だと分かっている人は、まず自分の心臓が(あるいは他の臓器が)止まっていないかに、意識を向けてみながら、そうした環境を避けましょう。その上で、なるべく若いうちに、つまり明日より今日に、トラウマ治療を受けられてみると、将来かかると予測されうる多くの疾患を回避できて、今より健やかな老年期に入れるでしょう。

「大声で怒鳴られただけで、心臓が止まるの?」と笑いがこぼれたあなたは、心臓が止まるということが死を意味することを理解できない自分の不健康ぶりと、今すぐ向き合う必要があります。心臓が止まる瞬間に死の恐怖を味わうのは、人間として至極まっとうだからです。