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コントラストのはっきりしていない、目に見えないから感じ取るようなものは、鈍いと感じ取れないから「あいまいだ」と処理するようです。その自己中心性にただ驚きました。

それは感じ取る力がきちんとありさえすれば、清かに感じ取れる繊細なもので、そもそもコントラストなど不要なのです。

「あいまいだ」と処理したがる人に、その立ち位置や視野にあわせてあげて伝えるなら「そのあなたがあいまいだと捉えているものは、とても安定していて、完璧で完成しているんだよ」となるでしょうか?

自分が感じ取れないからと「あいまいだ」と処理して、コントラストはっきりさせて輪郭をくっきりさせてわかりやすくして、やっと完成すると捉える未熟さには、言葉もありません。

でも、今の日本はどんどんこっちへ進んでいます。完璧に完成したものを「わかりやすく」して不安定にし、繊細なバランスでとても安定したものを「わかりやすく」しては、未熟で下劣なものにすることを、発展/成長/進化などと呼ぶ、お粗末な大人で溢れています。