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穢れると、人間は動きが雑になります。酔っ払いのそれのように、大きくて乱れた動きになり、部屋が以前よりも早く乱れ汚くなるようになります。

乱れた汚い部屋で、乱れた雑な動きをするので、物を落としたり傷つけたり、打ち身やささくれなど小さな傷がが増えるでしょう。大味を好むようになり始めるので、冬なのにカレーを食べるといった刺激的な方へどんどん進みます。刺激の多いお食事で肌が荒れても、栄養バランスはサプリで補う方へ進みます。

何をするにも「感じる」のではなく、ただそれを済ませるという作業になっていきます。誰がやっても同じになってしまうということです。感じていないので、何かをするときの基準は「心が動いたか」になってしまいます。作業をしていて心が動くわけがないので「いかにたくさんの作業を手早くしたか」という基準で、心を動かそうとします。人からの「よくやったね」をどんどん求めるようになり、いずれそのためにがんばるようになります。

真心を込めるには、心を鎮めて目の前のものと本当に出会う必要がありますが、心を鎮めること自体に、ひどくイライラするようになります。掃除など、毎日のあまり変わり映えしないことに意味を見出せなくなり、例えば、掃除よりも変わり映えのする部屋の模様替えの方を、好むようになります。

それでも肉体は不快を感じ、それを拾えないまま時が経っていくと「テーブルの端から5cmのこの場所にないと、嫌」「これはこの場所にまっすぐおかないと、イライラする」といった強迫的な状態に、入っていきます。潔癖症にもなります。

潔癖であることは、穢れていない状態ではなく、穢れがだいぶ進行しているのに正しい対処ができぬまま、さらにアンバランスになったことを表します。そこまでのあなたの思考が、大幅に間違っていたということです。あやまちはあなたから始まっています。