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かつて嗜んだ香道では「香りをきく」という表現がありました。鼻にとどく香りを受け身で感知するというより、積極的に香りの中に入っていく香りへの態度です。

さて、みなさんは他人が言ったことを思い返しては反芻したり解釈するのでしょうが、その前に自分の本音のエネルギーをきいているでしょうか?注意深くきき分けているでしょうか?

自分の本音を、文字に表すような「形」として確認することはしても、その「形」の中身であるエネルギーの質を、きちんとひとつひとつ感じ分けているでしょうか?

文字にすると同じ表現になったとしても、簡単にいうと中身がどろっとしている時とさらっとしている時の二種類があります。媚びていう「ごめんね」はどろっとしていますし、素直な「ごめんね」はさらっとしています。

どろっとしているのは、心の声ではなく、欲望です。どろっとしている骨を満たせば、単に欲望を満たしただけです。だから、常にさらっとしている方を選ぶ癖をつけましょう。さらっとしているものがすぐ見つからないなら、それを見つかるまで探す心意気が必要です。

自分からでた声が、どろっとしているのか/さらっとしているのかをきき分けられるようになると、他人があなたに言うことの区別もつくようになります。あなたが無欲なら、他人をいつも見抜けるのです。あなたが無欲なら「騙されるのではないか」と疑う必要自体が消えます。それは、一見して明らかだからです。

つまり、神経を張り詰めていないと、騙されてしまうと「疑わないと、もう一度確認しないと」と思っている人は、欲が深いだけです。さらっとしている方を選び続けることができるようになれば、神経を張り詰める必要もなくなりますね。