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誰かやペットが亡くなった後も、その存在を思い出しては「だって愛しているから」とごねるのは、お門違いです。

それを繰り返しているうちに、その誰かやペットをそばで感じられるようになったりして「これが愛の力だ」と解釈するようでは、元も子もありません。

これはただ、死者に負担をかけている状態です。その誰かもペットも、あなたの思いによって引っ張られ、ちっとも安らかになれません。

愛と言う言葉になんでもかんでも込めずに、素直に寂しいと言ったらどうでしょうか? かつてその誰かやペットがあなたを助けてくれた記憶を思い出してはすがりつく姿を、その誰かやペットは嬉しく眺められるでしょうか?

喪失を嘆くことは、大変重要です。人間である以上、嘆きというニーズを満たすことを、おろそかにしてはいけません。

でもそのことと「受け入れられない」ことを「愛している」に書き換えてしまうことは、区別される必要があります。「何が不快」がわからなくなっていると、この辺も混乱し渋滞するようになります。オンライン・ワークショップのお申し込みは、今夜21時までお受けしています。