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「相手の期待以上のことをする」ことがプロであると信じて、仕事をしていませんか? その「信仰」から、自分のレベル以上のことをするのが当たり前で、それを可能にしてくれる習慣を「いいもの」と認識していませんか?

自分の仕事のキャパをちゃんと認識しているでしょうか?家に帰って、子供の頃に夢中で遊んだように、あなたが本当に好きなことに手をつけられていますか?

もし帰宅後に、お酒を飲みたかったり、タバコを吸いたかったり、ゲームをしたかったり、漫画をひたすら読みたかったり、動画を見続けたかったり、コーヒーを飲みたかったりして、それらを自分が本当に好きなことと認識しているなら、アウトです。なぜならこれらは全て、あなたが意識の上では認識していないけれども、実は不快だと感じていて、それを何とか薄めよう感覚を麻痺させようとして、手を伸ばすものだからです。つまり、その必要がある位に、すでにあなたはキャパを超えたのです。

こんな風に、自分を無理させるものを「いいもの」「好きなもの」と思い込まないとアンバランスになる位、あなたは追い詰められていて、あなた自身が損なわれても続けているのだから、それは仕事上の信念などではなく「信仰」と呼ぶべきです。

「自分にレベル以上のことをさせたい」を「元気を出したい」とすり替えるのは、もうやめませんか?自分のレベル以上のことをしないといけないから、手を伸ばしはじめたことは、すべて身体に悪いのです。身体が悪くなれば、仕事も「信仰」もあなたから去るしかなくなります。