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「あの頃は毎朝6時から仕事したの」「家族を食べさせるために、安心させるために、家を買って片道2時間通勤して、夕食もまともに食べないで、毎日それでもがんばったんだ」

こんな「俺は凄いんだ」や「わたしはがんばったのよ!」、つまり簡単に言うと自慢をする人を、嫌う人は多いと思います。でもね、できたら、もうちょっと深く聞いてあげてください。なぜなら、そんな風に自慢するとき、それはその人がキャパを超えて無理したゆえの悲鳴をあげていて、その悲鳴は今でも続いているということだからです。

わたしたちは、自分が消化できたことはあまり人に話しません。でも、未消化のことは何度でも話すし、その自分でも自覚のない悲鳴をうけとってもらえないと、話を盛ってでも、話し続けます。「またあの話して!」と聞く側がうんざりするような話の裏には、途切れない絶叫があります。

ほんとうに自分の等身大のことをして、消化されていたら、繰り返される話は、語られません。誇張も入りながら、自分を慰める裏には、文字通り命を削った日々があります。「今日会社でさ、こんな風に社長直々に言われたんだよ~!こんなこと言ってもらったの今回は、俺/わたしだけみたい」と、パートナーが話し始めたら、その道のりにその人が「自分のレベル以上のことを自分に強いた。そのときひとりぼっちだった。孤独だった」ゆえの、悲鳴があるという視点から、耳を傾けてみませんか?