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「どうしても止められない、やめたいと思っているのに、こんなに工夫したのに。どうして!」と悩んだことがある方もいらっしゃると思います。でも、このどうしても止められないのも、他人の感覚を生きているから、そこに尽きます。

「こんな工夫をしたらどうだろう?」「こんな風に捉え方を変えたらどうかな?」と思って「あ、ついにできたかも!続いている!」「おぉー変われた!これだったのか」と思っても、また何だか崩れてくるのも、結局、不快に酔う脳のままだからです。

不快を究極的に一言でまとめるなら、それはもう他人の感覚になります。自分の感覚を生きていなくて、他人の感覚を生きているとき、わたしたちは不快なんです。

「あの人は最近こういうものに夢中だから、次の誕生日にはこれをあげると喜ぶかな?」そんな良さそうに見える思考だって、自分と相手は違うという壁が立ちはだかるから、不可能へのチャレンジです。その不可能へのチャレンジを乗り越えるために、他人の感覚を生き始めてしまう、そして「きっとこれが好きだ」という解をみつけて、誕生日には「何でこれが欲しいってわかったの?すごーい!」と言われて「贈り物上手だね」と言われて、気をよくして、どんどん他人の感覚を生きるようになってしまったりします。

心のままに生きるということを、みなさん誤解していらっしゃると思います。それは、アップダウンの激しい、泣きながら怒るような、その後にケラケラ笑うような、山のお天気みたいな状態の真逆で、穏やかです。喜んでも、その後にセットで落ち込みはついてきません。

どうしても止められないもの・ことがあるなら「他人の感覚を生きている時間が、自分の人生を占めてしまっているんだな」と受け取ってみませんか?これからは、ただ自分の感覚を生きていけばいいのです。オンライン・ワークショップ「息を吹き返す」は、今夜21時締切です。