心配が必要だと思ってた?

心配がつきなかったり、怖くて前に進めない人によくよく話を聞いてみると、実は「自分の人生には邪魔してくる人間関係や、死ぬことへの恐怖や健康の心配が、必要だと思っていた」ケースがほとんどです。

もう少し丁寧にいうと、そう考えていた(主に)お母さんに同意することで、お母さんから分離せずにお母さんを支えているつもりだったり、お母さんの感覚に合わないものは排除して、お母さんの影響下にありつづけるんです。

例えば、やんちゃな子を見ると、お母さんは大きな怪我をしたりしないかと心配して、あれしちゃダメこれもこんなリスクがあると、ダメだしばかりすることがあります。そうすると、子供にはお母さんが一瞬味わった「もし、大きな怪我をしたら、こうなる」に付随していた恐怖だけが伝わり、後天的な心配性になります。

例えば、祖父母やその兄弟姉妹にお酒やギャンブル好きがいて、破天荒な人生を送ったとします。生まれた我が子が、周りからその人に目鼻立ちがどことなく似てるなんて、親戚から言われたりします。そうなると、親は自分の子供がああいう人生を歩んでしまうのかと、気が気ではなくなります。そうなると、新しいことをしようとするわが子に、リスクを過剰に指摘するようになります。その子は、人生の目的がリスク回避になってしまいます。新しいことをするのが、なぜかわからないけど怖くてたまらなくなります。それはやがて「何のために生きているのかわからない」という感覚をうんでいきます。

心配や恐怖があると、少しホッとするような感覚を自覚できるくらいに正常でしたか?そうなら、親をはじめとする幼少期にあなたが結果的には同意してしまった他人の感覚から抜け、自分の感覚で生きていける、シフトチェンジの時期にいらっしゃいます。

ガマンする傲慢さ

落ち込んでいたり、攻撃されていたりして、みんなが「あの人はいわば弱者」と認識そうな人が、蓋を開けてみれば、裁きまくりヒーロー状態あることは、こちらでお伝えしました。

例えば、職場でハラスメントにあっている方の話を聞いていると、なぜか「辞めようとしているAさんは、優しいから辞めないでほしいんです。でも、Aさんは離婚して一人で子育て中だから、もっとお給料のいいところや半休の取りやすいところで働きたいという気持ちもわかるんです」と、Aさんが辞めることについての権限を自分が持っているかのように、話します。経営者や人事権のある人が、退職願を出した人について、会議のついでに立ち話しているわけではないんです。Aさんより後輩であるのに、こういうことを上から言えてしまうんです。

例えば、PTAで一緒のBさんから愚痴を聞かされ続けて、もう聞きたくないと思っているのに「でもここで聞いておかないと、味方がいなくなって孤立してしまうかもしれないから」と、聞き続けます。もうBさんを見るだけで、ビクッとしてしまうほどですが「こうしていれば、好かれるはずだから」と、自ら愚痴を聞きに行きます。周りから見て、Bさんはこの方の味方には決して見えませんが、Bさんを優先して行動しながら、ご本人は「これで大丈夫」と思っていたりします。「こうしていればこうなる」というまるで未来をすべて見通せているような「これで大丈夫」と言い切れる感覚は、裁きまくりのヒーロー状態です。より今風に言うと「神じゃん!」という感じでしょうか?世界を救おうとしちゃってます。

でもこうした方の自覚は、自分はダメで弱くていつも我慢している美しい謙虚な人だったりします。しかし、周りから見ているとすべて自分の思い通りにしようとしている、自分本位の傲慢な人だと、ハッキリ見て取れませんか?

Emergency Issue

Many of you may pick and choose when to eat garlic, because of its strong smell. But garlic aroma does not harm us.

As you know, cigarette smoke harms us. So smokers usually ask for permission before they smoke. When we say yes, we accept that we will be exposed to the fumes.

But most of us do not care about the smell of fabric softener. And now all kinds cleansers are becoming stronger. Even though we have over 7,000,000 chemically sensitive people because of those products in Japan, some of the chemically sensitive people are diagnosed with hay fever instead of CS. It seems that CS is still an under diagnosed disease for doctors.

The most important thing is, all of us may be diagnosed with CS. We need to reduce chemical products including fresheners and cleansers. This is a very critical issue for us.

うつ状態=実は裁きまくり

ワークショップ「息を吹き返す2」は、今夜21時にお申し込みを締め切ります。さて、お金と共に喜びながら毎日が進んでいかない人は、自分がその時していることが快適なのか、不快なのかわからなかったりします。つまり、バグってるんです。バグると「今、この瞬間、快適?不快?」と聞かれたときに、パッと答えられません。「その中間」とか「うーん…」という回答が返ってきます。これは、虐待などは受けておらず障害を持たないごく小さな子には、ありえないことです。

バグっていると、基本的にはずっと落ち込んでいる状態(うつ状態)に入ります。パッと答えられない位、不快まみれで、頭の中もごちゃごちゃしている状態ですから、余計に不快なことをし続けてしまいます。もともと見捨てられ不安を持っていると、そこで「助けて」と言いづらくなります。あるいは「助けて」と言い続けても理解されないことが続くと、無気力になってしまい、もう「助けて」と言えなくなったりします。

そうすると、余計に「でも、とにかく自分で何とかしないと!」と、世界を救い何でもできるヒーローになろうとしてしまいます。そうすると、ノルアドレナリンがドバっとでるので、簡単に言うと緊張します。世界を救うヒーロー気取りになりますから「そうだよ、きっとこうしてこうすれば、こうなるはず!」と、急に強気になったりもします。緊張して、他人の感覚を拾いやすくなりますから「(自分にとっては快適だけど)周りから反感かいそうだから止めよう」と、ますます自分を快適にするためにお金を使えなくなります。「でも、絶対~だよ」のように、どんどん発想が、極端で抽象的で断定形になっていきます。それで一瞬高揚しますが、また「でも、そうならなかったらどうしよう…」と谷の底まで落ち込んで強い恐怖を感じたりして、ますます日常が不快にまみれていくから、当然お金も自分を不快にするために使われていきます。

みなさん何となく「落ち込んでいる/うつ状態=弱い・かわいそう・ケアしてあげなきゃ」のように発想しがちかと思いますが、「落ち込んでいる/うつ状態=世界を救うヒーロー ・ジャッジしまくり・想像力欠如」が、実際です。ノルアドレナリンのスィッチばかり押していると、想像力に関わるドーパミンが結果的にうまくでなくなって、結果、何が快適なのかを感じられなくなります。だから、自分を快適にするためにお金を使うことが、非常に難しくなります。

さらに、ヒーロー というと、いいイメージかもしれませんが、あれはあくまでも子供のための物語です。物語ではなく、大人が地でそれをいくとき、自覚すべきは、ヒロイン/ヒーローは「ぜんぶ自分の思い通りにしよう。世界は自分の手の内の中。何が淘汰されるべきで何が進化すべきかは、自分が裁いて決める」という、きわめて自己中な存在であることです。そして、ここにとどまる限り、わたしたちは無気力になって、どんどん不快なことにお金を使ってしまい、お金に嫌がられるという展開しか起きえないのです。

信頼は空間に帰属する。

人との距離をどうとったらいいか分からなくて、妙に緊張したり、急に馴れ馴れしくなったりするような方は、信頼が時間に帰属すると思っています。

「これだけの時間を共に過ごしたから」「まだ二回しか会っていなくて、関係が浅いから」こんな風に考えては、即ち、信頼が時間に帰属すると考えては、次の一手をあやまっていきます。そのあやまちにクリアに気づけないので、だんだん人間関係全般を遠ざけたり、おどおどするようなケースもあります。

信頼はあくまでも空間に属します。過去と現在と未来があるのは脳内に限った話で、みなさんの肉体全体はいつも今に属しています。そして、信頼はここに属するのです。

信頼を時間に属させると「でもお世話になっているから、やっぱり」と後々会社が傾く一歩を踏み出してしまったり、10年後に10年前と同じ調子で突然誰かに電話しちゃったりするその奇怪さに気づけず、自分はフレンドリーでオープンだなんて思いこんだりして、いつまでも人との距離感がわからないという問題が解決しないどころか、その自覚も持てないことがあります。

人との距離感がわからないのに、人との間に来てくれるお金がうまく回るはずは、ありませんよね?また、そうやって時間になんでも帰属させる、すなわち時間にばかり寄りかかっていくと、現実と妄想の区別がつかなくなっていくことは、容易にご理解頂けるかと思います。

快適さを見失った先

わたしたちは、社会という必ずしも自然100%ではないシステムに適応していく際、快を踏みにじることに良い評価が下るという経験をします。代表例は、トイレトレーニングでしょうか?今出したいとなったとき、出せたら内臓にも負担がなく、気持ちがいいわけです。オムツをはいている時期は、出したいけど出しちゃいけないという葛藤とは無縁です。

ところが、トイレトレーニングを始めると、出したいときに出す(快)は踏みにじられて、出さないように自分に負担を強いる(不快)ができると、褒められるわけです。トイレトレーニング中の子は、もじもじし始めて「お手洗いに行きたいの?」と聞かれたり、「もぞもぞするー」というと「お手洗いに行きたいって伝えられてえらかったね」と褒められたりします。さらには「だから、さっきトイレに行っておきなさいと言ったでしょ!」「さっきも飲んだばかりなんだから、また途中でトイレ行きたくなったら困るでしょ!」と叱られたりして、快適であることに素直であることが、難しくなります。

トイレトレーニングに限らず、こうしたことがその人が深く混乱して真空パック状態になるほどの頻度やタイミングで起こっていけば、あるいは安全ではない環境におかれてこうしたことがそれなりの頻度やタイミングで起これば、わたしたちは自分の快適を追い求めたり、不快から距離をとること自体に、迷いが生じたり、何かに引っ掛かるような感覚を味わっていくことになります。

そうして、化学物質たっぷりの食品を美味しい(快)と感じるバグを生んだり、2016時間続く柔軟剤の香りをいい香り(快)と感じるバグを生んでいき、それらをいいものと認識して周りに広めるような、いのちを害する行為が始まっていくのです。そうして、地球上に病を蔓延させることに手をかしながら「自分でお金を払って買ったものを使って、何が悪い」と、思うような帰属エラーが何万と起きた状態で、いつも不安や恐怖にさいなまれ、常にハイになりいつも「うまくいっている」と解釈する現実から離れた状態が常態化し、現実との接触を喪失していきます。(つまり精神病になります)

本来のわたしたちは、お金にも気持ちよく集まってもらえるし、お金も気持ちよく使っていけるし、お金に対しても「どうせ」なんて思えないように生まれているのです。つまり、あなたも、社会システムにも適応しながら(=たまにご愛敬で不快に滞在していてもその自覚はあるし、滞在時間を決められる)、自分の快適に忠実にいられるのです。

帰属エラー

帰属エラーが起きていると「なんかこれ違うなー。でも努力を続けてきたことを無駄にしたくはないし。親もあんなに喜んでいるし」と自分の感覚(不快)を踏みにじります。あるいは「朝早く出勤して、トイレ掃除まですれば、もっと仕事を回してもらえるはずだ。トイレ掃除するっていうところまで気が回らなかったわたしが、きっといけなかっただけだ」と、仕事が回ってこない原因はよくわからないままに、そこと関連の浅そうな解決策にすがりつきながら、自分の責任だと自分に帰属させてしまいます。

他にも、自分より知識や経験のある人に、自ら相談に行ったのに、提案されたことを自分流にアレンジしてしまい、効果が得られないと嘆いたりします。実は、自分流にアレンジするときには「自分でなんとかしないと!」と「自分の責任です」と、自分に帰属させる動きをしています。それは「自分より知識や経験のあるその人から、見捨てられないために」という、傷つくことを恐れる気持ちの働きだったりしますが、ぶっちゃけ自分より知識や経験のある人が提案してくれたことをそのまましていたら、効果は出ていたのです。居酒屋などでするような気楽な会話の形でいうなら、素直じゃないから効果が出なかっただけなんです。

まだ起きていないけれど(→つまりこれも帰属エラー)不快なこと(例:見捨てられる)を避けようとして、不快なこと(相談した方法でやったのにアレンジまで加えたのに成果がでなかった)を経験して、さらに相談に乗ってくれた相手にも素直じゃないと敬遠されたりとさらに不快なことを経験して…と、帰属エラーを起こしていると、不快のオンパレードになってしまいます。

そうすると、ご本人としては、がんばってるのにこんなにやってるのにかなわない!やっても無駄だと、深い混乱と絶望の中で耐えるようになって、必死で働いているのにお金はたまらないし、給料は上がってもなぜかほとんどを使ってしまう(お金を使うその瞬間は必要だと思えてしまう)という状態が、表れて来たりします。そこまで顕著でなくとも、お金になんとなく不安を感じたりするので、一億当たったら!と自分事として考えていったりすると、あんまり楽しくなかったり困惑する自分と対面することになります。

無気力は学習で獲得するもの。

わたしたちは、「仕組みのせいだったのか」とやる気になって、でもすぐリバウンドしてやる気が失せて「やっぱり自分は意志が弱いんだなぁ」と思ったりして、自信を失って、無気力になってしまうことが、あります。

まず、原則として、無気力はその人の性質ではありません。あくまでも、学習の成果として獲得されるものです。例えば、吹奏楽部で三年間頑張っていて、やっと全国大会出場だ!となったときに、父親の転勤が決まって、越した先の学校には吹奏楽部はなくて、、、そんな経験から「どうせ」と、無気力を学習することがあります。ご本人の感覚としては、動けなくなるのです。

こうした学習された無気力の状態では、ノルアドレナリンとセロトニンが不足していることがわかっています。より正確に言うと、セロトニンについてはセロトニンのレセプター(いわば受け皿)が多すぎると、セロトニンの効果が薄まるので、レセプターを減らすという、わたしたちがそもそも生まれ持った働きが、きちんと働いていくようにすると、学習によって獲得された無気力から抜けたりします。(これをお薬の力で行おうとするのが、うつ病などで処方されるSSRIです)

セロトニンのレセプターが適当な数まで自然と減っていくには、とにかく休むことなんです。でもそれは、ベッドに横になりながら「なんでわたしばっかり!」や「自分に甘えがあったからだ」と自分を責めることとは違います。それだと、自分の中のおしゃべりは活発で、休んでいるとは言えず、セロトニンのレセプターは適当な数まで減ることができないのです。ちょっと睡眠時間を増やしたら、やる気が戻ってきた経験があったりするなら、自然とセロトニンのレセプターを適当な数まで減らす方法を、そうとは知らずに実践できていたと言えるかもしれません。

また、甲状腺機能に原因があるケースも非常に良く知られています。ごく簡単にいうと、甲状腺機能が低下していると、1)寒がり 2)むくみやすい 3)太りやすい 4)運動するとすぐ筋肉がつく という状態があらわれます。この場合、とにかく頑張って運動しつづけると、無気力と疎遠の人生が生まれたりします。

無気力は、胃潰瘍と癌のその進行の早さとして表現されることも、わかっています。無気力はそのほとんどが帰属エラー(自分に属することでないのに、自分に属させてしまう)によるものですから、そこを解消していくと、お金があなたの手元に集まるという形で、その解消されぶりが表現されたりもします。

【開催概要】オンラインWS「息を吹き返す2 〜お金編〜」

お金って、わたしたちによって、もはや虐待されている存在と言っても過言ではないと思います。その人が引き受けるべき、その人に属する課題なのに、お金のせいにされて、押し付けられて悪者にされたかと思えば急にすがられたりと、とことん利用され、尊重ゼロなんです。

その人が自分の強欲さを見ないだけなのに「やっぱり人はお金を持つとダメになるねぇ」なんて、お金のせいにされたり、自分の創造性を使わない言い訳に「お金がないからできません」と、お金のせいにされ、ある時は神のように崇められ、ある時は悪魔呼ばわりと、お金がわたしたちを受け止めてくれる幅は広くて、どこまでも受け止めてくれて、お金ってなんて大らかな存在なんだろうと、思ってしまいます。

「でも…それで、お金の側が幸せなんだろうか」と、ちょっと擬人化して考えてみたら、このワークショップが生まれました。お金さんの要望にもみなさんの要望にも両方にこたえる、互いが尊重しあった時にみえる、うつくしい世界をひらいていくワークショップです。努力しても変わらなかったから、あきらめるしかないと思いつつ、実はあきらめられずにいられたことを、気合いや根性なしで、スルンと変えちゃいますが、変わったと気づけないほど、その調和は保たれます。

普段のコーチング・セッションから、どうしても零れ落ちるところをとにかく手頃に最大限の効果と共にお受け取り頂けるよう、創造しました。お金と共に喜びたいクライアントさんも、ぜひお申込み下さい。そう望まれるなら、どんな方にも、お金と共に喜んでうつくしい世界がひらけゆく、その静けさや穏やかさを、空間としてお見せします。

~オンライン・ワークショップ「息を吹き返す2」~

〇 場 所: スカイプ上(有線LAN接続 推奨)
〇 日 時:

  1. 4月28日(日)20:00~21:30
  2. 5月1日(水) 11:00~12:30 [残席: 1]
  3. 5月2日(木) 20:00~21:30 [残席: 1]
  4. 5月6日(月) 13:00~14:30
  5. 新日程(~5月25日、G.W.中OK)をリクエスト

〇 対 象: ~ 以下が、ひとつでも当てはまる方 ~

  •  「何もないから用意しなきゃ」といつも思う
  •  前日の嫌なことをひきずりがちだ
  •  「無駄づかいするな」と言われて育った
  • つい先送りする自分を、無気力や怠け者だと思う
  • 空腹だと集中力が低下したり、イラッとする
  • 解約手続きがややこしいと、イラッとする
  • 真面目だと言われるが、悪いことじゃないと思う
  • 夜11時以降に寝ている
  • 何が嫌かわからないが、とにかく嫌な時がある
  • いじめられた経験/攻撃された経験がある
  • 理由なく、動けない時がある。
  • 途中で目覚めたり、朝起きて頭が痛いことがある
  • 月1回以上、嫌な夢を見たり、寝汗をかく
  • 決められない自分・流される自分は嫌だなと思う
  • 「不要な物を買った」と気付くと、なんだか凹む
  • 怒ると、言葉にならなかったり、出づらくなる
  • 他人に振り回されるのは、自分が甘いからだと思う
  • 親や兄弟姉妹から、嫌味を言われたことがある
  • 未来にいつも明るさがあるようにしたい
  • 息を吹き返したい

〇 参加費: 12,000円
〇 〆 切: 4月27日(土)午後21:00
◎ お申込み:https://ws.formzu.net/dist/S86985973/

~ ご協力お願い申し上げます ~

治療が必要な方・ 喫煙常習者・飲酒常習者は、ご利用頂けません。ギフト利用の際は、守秘義務に同意したものとみなします。お子様やペットのいる方は、家族に協力をお願いしましょう。複数で進めます。静かな環境づくりにご配慮下さい。お申込み後のキャンセルは、一切承りません。参加費が発生します。

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絶望の中で耐えていると、お金は思うようにあなたの手元に集まらないものです。資産が潤沢だろうと、お金ときくと少しでも不安が出るなら、「根本の痛みや苦しみから、解放されちゃおう!」とスキップする気分でこのワークショップにお申込み下されば、うれしいです!

Tunnel Vision

In both Nabari and Tokyo, I feel that people started to have limited eyesight. For example, I saw that children could not stay on the sidewalk at a red light. They run into and wait on the busy street . And many adults start to cross the crosswalk without any hesitation at a red light. The number of people who behave creepy and weird is increasing at a rapid pace.

It seems that they only see where they want to go as if they were wearing swimming goggles which limit their eyesight. I see children age three or younger have a wider view or broader eyesight more than people aged four or older. This made me sad and I was at a loss for words.

And do you recognize that there is some relationship between climate change and such people’s behavior? In short, Earth is getting worse so we humans are also getting worse. When Earth became unhealthy, we humans also became unhealthy. It is impossible to feel happiness when Earth gets sick, because we are a part of Earth. So tunnel vision embodies the morbid state of humans.

Many people still think that considering Earth is only for activists. Many people treat it as a difference of values. But I don’t think so. Because it is all about our life. Earth influences our life directly. I think that eco-activism is required for all global citizens.

変わろうとしても変われない(三)

他人の感覚を生きようとしてしまう背景の一つには、幼少期、親から抱きしめてほしい時に抱きしめてもらえなかったことが、あげられます。赤ちゃんの時に親から抱きしめてもらうその安心感が、人との間の適切なバウンダリーをつくっていきますが、それが得られないと安心感を求めて、親の感覚になろうとします。

親という他人の感覚になろうとして、親目線で自分を見ては、安心感を生んでいこうとするのですが、これは実は誉め言葉は受け取れないけどひどい言葉は受け取れる人にも当てはまります。

すなわち、どうも誉め言葉は受け取りづらいという人は、自覚なしに他人の感覚を生きている時間が長いのです。そして、他人の感覚にスィッチする瞬間には、必ず不安を感じています。これを繰り返していると、やっぱり変わろうとしても変われないループに入っていきます。

甘えてくる大人

日本という国は、甘えることをプラスに評価する場面が多い場所ですよね。甘えてくる大人が、無自覚によいものだと思ってなぞっている考えは「自分だけは成長していない」です。「自分はみんなと違う」という考えをなぞって、生きているんです。

成長していないままだから、甘えようという発想に、無自覚につながっていきます。それは、うまいことやっちゃおうという感じではなくて、むしろ「成長が足りていないことを恐れている」感覚を、本人の中に生んでいます。

本人の無自覚なセルフイメージは「自分はみんなと違って、成長していなくて、頼りがいもなく、しっかりなどしているわけもなく、自分と一緒にいると周りが落ち着いたり安心することなんてないのが、自分なんだ」になっています。

そうすると、やはり変われないというループに入ります。表面的には色々できるので、色々学んだり新しいことに手を出したり、技術を身につけたり、能力を伸ばすことはできるのですが、根本的に「成長していない」幼稚なままで、同じパターンをいろいろなところで繰り返す感じになります。

それでね、不安になって誰かに正しいと言ってほしい、つまり、あやしてほしいあなたは、甘えたい大人なんですよ。

Beyond Design and Belief

Many people care about colors and shapes in their room. Especially when we get lots of money, we have a tendency to be critical of such designs in our rooms or our stuff. And many people value their beliefs. Especially when they become famous, they have a tendency to enshrine it.

But I think that there is truth beyond design and belief. And when we live in truth, everything goes smoothly rather than being attached to design and belief. When we take back subtlety in our body, we can collect information through five senses and the senses of internal organs like gut feelings. If we do it, we can easily realize that design is just a part of space, and belief is just a part of our whole body system.

It is the shortest way to realize world peace and a healthier Earth which many people hope for. Unfortunately, both design and belief have their limits regarding their influence. We can transcend such limits through our potential subtlety. I think that it is true hope for all of us.

変わろうとしても変われない(二)

緊張しいの人は、他人の感覚を拾っては、それを生きてしまう傾向にあります。望まなくても、受信しちゃう感じです。つまり、他人の感覚を生きている時間が長い人は、無自覚な緊張しいである可能性が非常に高いということです。

まず、誰かに注目してその人の気持ちを考えたりはしないということは、意識的に始めていけるんじゃないかと思います。誰かに注目するときは、時間を区切って「10分だけ考えよう」のように、アラームをセットしたりします。例えば「なんであなたはいつもそうなの!」「どうしてこの人はこうするの?」なんて考えると、もう他人の感覚を生きているからです。他人の感覚を生きるということを、別の表現であらわすなら、上下関係の「下」になるということです。他人の感覚を生きている人は思いやりのつもりだったりしますが、その先に対等な関係は展開しません。

また、神経を鎮静する効果のあるハーブティなども、助けになると思います。そして、いかに自分が不快な時間を長く過ごしていたかに気づいていき、心地よい時間を増やしていくことです。