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他人の感覚になることが当たり前の人生を送っていると、何か自分がすごい!と思ったり、感動するものを目にしたときに「”これ”がすごいんだ」と、その自分の外にある “これ”に注目します。そして “これ”を追いかけます。

感動したりすばらしいと思ったのだから、”これ”を追いかけていいんじゃないかと、不思議に思うかもしれません。では、その “これ”がすごく嫌なことだったらどうでしょうか?やはり”これ”を追いかけていませんか?自分に嫌なことをする “これ”をずっと目で追っていたり、 “これ”をやりこめるにはと考えることに時間を使っていませんか?

もちろん、外的な対処も必要で、野放しを推奨しているわけではありません。感動したり素晴らしいと思えるものが、自分の外にいてくれることに、助けられるのも、決して悪ではありません。

ただ、その前に自分が「なぜ、”これ”がここまですごいと感じたのか」「なぜ、”これ”がここまで嫌なのか」と、自分の感覚を掘り下げ、しっかり自分の感覚と自分をつなぐ方が、ずっと大事です。 “これ”がここまですごいと感じたのは、それだけ自分が実は病んでいたからということがあります。 “これ”がここまで嫌なのは、それだけ自分がずっと怒りを抱えていたからということもあります。

自分の感覚をぐっと掘り下げて、知らなかった自分ときちんと出会っていくと、癒しが起こります。その時、わたしたちは意図せずに前に進みます。「病んでいる自分」「闇の自分」と忌み嫌いながら、「知らなかった自分と出会いたいから」と恋愛を求めたり、新しいことを始めようとするのは、壮絶な自己否定です。「病んでいる自分」や「闇の自分」こそが、あなたの知らなかった自分だからです。単発コーチング、今夜21時で締め切ります。