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他人の感覚を生きようとしてしまう背景の一つには、幼少期、親から抱きしめてほしい時に抱きしめてもらえなかったことが、あげられます。赤ちゃんの時に親から抱きしめてもらうその安心感が、人との間の適切なバウンダリーをつくっていきますが、それが得られないと安心感を求めて、親の感覚になろうとします。

親という他人の感覚になろうとして、親目線で自分を見ては、安心感を生んでいこうとするのですが、これは実は誉め言葉は受け取れないけどひどい言葉は受け取れる人にも当てはまります。

すなわち、どうも誉め言葉は受け取りづらいという人は、自覚なしに他人の感覚を生きている時間が長いのです。そして、他人の感覚にスィッチする瞬間には、必ず不安を感じています。これを繰り返していると、やっぱり変わろうとしても変われないループに入っていきます。