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心配がつきなかったり、怖くて前に進めない人によくよく話を聞いてみると、実は「自分の人生には邪魔してくる人間関係や、死ぬことへの恐怖や健康の心配が、必要だと思っていた」ケースがほとんどです。

もう少し丁寧にいうと、そう考えていた(主に)お母さんに同意することで、お母さんから分離せずにお母さんを支えているつもりだったり、お母さんの感覚に合わないものは排除して、お母さんの影響下にありつづけるんです。

例えば、やんちゃな子を見ると、お母さんは大きな怪我をしたりしないかと心配して、あれしちゃダメこれもこんなリスクがあると、ダメだしばかりすることがあります。そうすると、子供にはお母さんが一瞬味わった「もし、大きな怪我をしたら、こうなる」に付随していた恐怖だけが伝わり、後天的な心配性になります。

例えば、祖父母やその兄弟姉妹にお酒やギャンブル好きがいて、破天荒な人生を送ったとします。生まれた我が子が、周りからその人に目鼻立ちがどことなく似てるなんて、親戚から言われたりします。そうなると、親は自分の子供がああいう人生を歩んでしまうのかと、気が気ではなくなります。そうなると、新しいことをしようとするわが子に、リスクを過剰に指摘するようになります。その子は、人生の目的がリスク回避になってしまいます。新しいことをするのが、なぜかわからないけど怖くてたまらなくなります。それはやがて「何のために生きているのかわからない」という感覚をうんでいきます。

心配や恐怖があると、少しホッとするような感覚を自覚できるくらいに正常でしたか?そうなら、親をはじめとする幼少期にあなたが結果的には同意してしまった他人の感覚から抜け、自分の感覚で生きていける、シフトチェンジの時期にいらっしゃいます。