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「誰もわかってくれない」と思っている人のお話を伺うと「だって、わたしはあの人のこともこの人のこともわかっているのに」と、続いたりします。

どうしてあの人のこともこの人のこともわかっていると言えるかを伺っていくと、単なる思い込みだったりします。占いで具体的には何も言われてないのに、自分からベラベラ話しては「なんでわかったんですか!」と狂喜する人と同じなんです。

例えば、目の下にクマがある友人に「つらいことがあったの?」と聞いて「そうなの。聞いてくれる?」と返されたことで「わたしは聞かなくても人の気持ちがわかる人なんだ」と、自分をちょっと特別な人に仕立て上げていくのです。

そして、その優越感が必要なのは、深い自己否定の反動だったりします。ダメな自分を隠すために、すばらしい自分が必要なんです。この歪みは、他人と自分が違う人間だという大前提を覆い隠します。だから、「こんな自分にだって人の気持ちがわかるのに、なんで誰もわたしをわかってくれないの」と自分と他人は同じという前提から、思いが溢れます。

そして「やっぱり自分には合う人がいないなぁ」なんて思ったりするんですが、これは優越感(すばらしい自分)作りに使われる材料になります。そうやって、他人の価値観を拒絶することで、他人を否定することで「自分の方がよく知っているし、すごいし…」と、思っていけるんです。例えば、以前「テレビとかでみてるだけで、あ、あの人鬱病だろうなってわかるよね!」といった、心理職や医療関係者ではない方がいて、非常に驚きました。この発言は「わたしは精神科医にもできないことができちゃうのよ!」という優越感ですよね。もちろんこの方は「わかってもらえない。自分には合う人がいない」という人でした。

誰もわかってくれないというより、そもそもあなたがあなたをわかっていません。同時に、あなたにもあなたの気持ちすら、正確にわかることがないのが事実です。まして、人の気持ちなんて、あなたが認識している以上に、あなたはわかっていません。人の気持ちはそもそもわからないことを素直に受け入れると「誰もわかってくれない」で、悩まなくなるでしょう。国語で「主人公はこの時どう感じていましたか?」と聞く問題がありますが、より本質的にはナンセンスな問題だと言えます。