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みなさんの中で、正しさと自由は対立するものとして存在していることが多いようで、驚いています。正しさと美しさが対立軸になっていることもあれば、正しさと面白さが対立軸になっていることもあります。何でしょう…、サッカーとオーストラリアンフットボールとラグビーと…のように、似ているど同じではないスポーツが並んでいるのを、見ているような気分になります。

さて、正しさと美しさが対立している人の中では、正しさって何かを漂白するようなインパクトがあるみたいで、なおかつ必ず罰を連れてくるようなものとして、位置しているようです。正しさと面白さが対立している人の中では、正しさって窮屈なインパクトがあるみたいで、面白さによって解放されるみたいです。つまり、どちらにおいても、美しさと面白さが自由を連れてくるものとして位置し、正しさは不自由を連れてくるものとして位置しているようです。

でも、理にかなうという正しさだけが、どこまでも自由であることを可能にしてくれます。その正しさに沿わないと怒られるとか、仲間外れにされるとか、廊下に立たされるとか、そういうものではなくて、その正しさに沿うことで、みんなが調和して楽になって笑顔になって、無理しなくてよくなるからです。そうするとみんなの力が引き出されるから、どんどん自由になっていくんです。

正しさと自由は、同じ方向を向いている仲良しです。だから、わざわざ仲たがいさせないであげてくださいね!お願いします。