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「誰にでもわかりやすく」という流れは、311以降強まった流れのひとつです。一見優しく見えますが、実は「遠ざけたい」人を追いかけては怪我するような、「近づきたい」人を結果的に遠ざけては心に穴があくような、そんな展開を生んでいきます。短期的には金儲けになるけど、長期的にはトラブルになるとストレートに書きましょうか?あるべき秩序を乱すのです。理にかなっていないのです。2011年以前と現在を比べたら、秩序の乱れっぷりは一目瞭然でしょう。

これが例えば「業界」といった大きな単位で起きると、その「業界」の質は当然低下します。だって「遠ざけるべき」(お客さんになるべきでない)相手にしがみつき、「近づくべき」(お客さんになるべき)相手は結果的によそよそしかったり無視したりしているのですから、そうなるに決まってますね?

「わかりやすく」が配慮として機能し、確かに相手に届くための工夫として存在できるのは、ごくわずかな領域です。ハッキリいえば、わかる人にはわかるし、わからない人にはわからないのが、事実です。それは、ホッキョクグマが赤道に住んだら死んでしまうことや、高山植物は海辺で育たないことと似ています。出会ってはいけない対象があり、近づいてはいけない対象があるのです。誰もが入れる場所はあってはいけないのです。分別が必要なのです。その距離を守ることで、全体の調和が生まれるのです。ひとつひとつがその魅力を保てるのです。

個人レベルでこれをしていくと、他人の感覚で生きる時間が長くなり、怒りや憎しみを押し込めては仮面を厚くする展開になります。洞察力のある人には当然透けて見えますから、そういうあなたに近づいてくるのは、洞察力のない人ばかりとなります。そうしてますます、自分の魅力を見失っていくようになります。