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会社勤務だと、出世をキャリア形成の点から重要視します。そして、役職が上である人を見て、優れたリーダーなんだろうと推察する人も少なくありません。

ところが、役職が上くらいならば、徹底的にスキルが豊富な風見鶏でも、到達できます。腹の底に人生の目的ではなく、腹黒さを置けば、うまく渡っていくことが、達成したい状態として、自身の中に置かれます。自分の腹の底がスッキリしていないから「うまく渡っていく」の曖昧さに、ツッコミすら入れられないのです。

その結果、役職も得てスキルも得て、もちろん称賛も得て、それでも風見鶏は開拓者になれないから、開拓が必要な場面が来ると、頭を抱えるし、実は自分に自信など持てないことに気づきます。そこで「自信を持つためには!」なんて、気合いを入れて現実を変えようとするから、自分の無意識をいつまでも使えずに、より一層、自信が引き潮のように去っていくのです。

自信とは、自分の無意識にゆだねられる状態であり、同時に意識を使うべきところで手を抜かない、バランスの良さから生まれます。無意識にゆだめていれば、満ち潮のように自信が来るから「リスクを取る」とか「覚悟を決める」なんて、大袈裟で意識的な言葉が不要なまま、すぃーっと開拓していけて「リーダーシップを発揮しよう」なんて意識的な発想をしなくても、勝手にリーダーシップを発揮している状態に入ります。ちっともリーダーになりたくないのに、周りから押されてそうなりがちだったり、周りからすごいねと言われてきょとんとするようなケースでは、無意識を上手に使えているから、自信がある状態が継続し、腹の底に人生の目的を置きっぱなしにできているから、周りからも信頼されていく、そんなことが起きていると言えるでしょう。