万能感を生きるのは、父親が機能的に不在だったから。

現実的に物事を進めていくために、自分の限界を知りそして尊重し、そうすることで自分を守っていくブレーキを子供の中に育てていく役割は、父親が果たします。

万能感、つまりヒーローのように自分には何でもできて何でも許されて際限のない満足をあきらめられない状態から、子供が抜けられるようにするのが、父親なのです。

無理するという自分の限界を認識せず尊重もしない状態や、万能感にい座り続けて相手をいつも下に見ていることに気づきもしない状態は、あなたが育った環境において、機能的に父親が不在であった事実を浮き彫りにします。

いずれにせよ、今から変えていけます。

父親「不在」で育つと? 

父親がきちんと家庭に存在しなかったために、母子分離できていないと、自分の愛する存在と自分が融合する(境界があいまいな)形をとりたがります。この状態はつまり、父親との間がうまくいっていない状態のままだということです。

その結果、男性の場合は、他者との距離をうまくとれず、自分の愛する女性を所有物のように扱って、ハラスメントやDVに発展しやすくなります。父親との間に葛藤を抱えたままなので、女性と支配の関係でしか関われません。性的倒錯も、ここに大いに関わります。

女性の場合は、同じように他者との距離の取り方がわからず、父親代わりになりそうな男性に精神的にも経済的にも依存し、主体性を放棄して、所有物としての自分を受け入れます。父親との間に葛藤を抱えたままなので、プライドばかり高く、仕事を転々とするような社会不適応を生じます。

父親が「機能的に不在」という形で子供に与える影響は、とてつもなく大きいのです。

美しさを拡大する八月

虹を見たり、澄んだ目を見たりして、美しさに吸い寄せられた経験が、みなさんにもあるでしょう。何度も思い出したり、また見たいと憧れて、その要素を取り入れていくのです。要素を取り入れたら、自分が惹きつけられた美しさを拡大したことになりませんか?

これが「自立」の動きなんです。「自立」はこうした憧れを内包しています。みなさんは、美しさに手を取られるように、何だかうっかり立ってしまうのです。「しっかりしよう」「がんばらないと」なんて、思ったことないのです。美しさは、健やかな強さとも、言い換えられるでしょう。

そんな風に、望んでいたかも定かでないのに、うっかり美しさを拡大してしまう人が、何だか増えてしまう8月を思い浮かべたら、わたしの方がその美しさに手を取られ、すくっと、立ち上がってしまったんです。それで、みなさんにお手紙を書くように、今キーボードを打っているんです。


~ 8月の単発コーチング「美しさを拡大する」~

■ 日 時:11:00~12:00 or 20:00~21:00 <本日~8月中のご希望の日に承ります>
■ 対 象:コーチングの対象となる、すべての方
■ 手 段:スカイプ or 電話 or Zoom
■ 参加費:32,400円(税込)
■ 定 員:5名
■ 〆 切:ご希望の日の前日

▽ お申込み ~ お申し込み前に、こちらを必ずお読みください

~ キャンセレーションポリシー ~
お申込みと共に、キャンセレーションポリシー適用となり、お受けにならずとも、セッション費はそのままお支払い頂きます。未就学のお子様の急な発熱・弔事・天災によるライフライン断絶時などには、日程を調整し、対応します。過去にクライアントさんだった方は、お子様と一緒のコーチングも承ります。ご自身がコーチングの対象となる状態にあるかも…なら、そう感じる状態を詳細に表してご連絡下さい。一緒に判断しましょう。


美しさの広がる8月となり、ふと気づけば自分の「がんばらないと」が和らいで、周りから「しっかりしよう」が消えていて、なんだかみんな優しい目で過ごしていたらどうでしょう?静かで味わい深い夏の夜が広がって、それが新たな涼を、運んでくれるのかもしれません。

父親がストレスに強い子をつくる

小さい時から何度か、子供は反抗期を経験します。それは母子分離のチャンスです。子供は頼りたいと言う気持ちと探検に行きたい気持ちの間で揺れますが、都度程度を変えながら、子供の不安を減らし安心して外に歩み出せるように手を引くのは、父親の役目です。

そうやって、母親業務でパンパンになっていた自分の妻に、ただ自分自身でいる時間を返していくということでもあります。

そうすることで、母が子に依存するというおかしな動きがうまれないようにし、子供にとって母親が「収容所」にならないようにするのは、夫である父親がになっていく役目です。

父親がきちんと助けていないと、ストレスに弱い子供が育ちます。アイデンティティーも確立できず、現の厳しさに耐えながら社会に歩みだしていけない子供が育ちます。東日本大震災の頃よく聞いただろう「レジリエンス」を高めるのは、父親なのです。

父親の場合、母親と違って「もう父親をやめていいよ」と言われたいと願うほどまで、父親をしたことがある人がほとんどいないと思います。

父性がみられない今の社会だからこそ、ここまで疑似恋愛がいいもののように扱われてしまっているのでしょう。父性は、とりあえず雷を落とすような怖さとは全然違います。

今日はここまでにしましょうね。異常な高温下で生きるみなさん、しっかりいのちを繋いでください。

ぶつぶつ言わず、さっさとやって。

昨日の続きです。

女性の多くは男性に「ぶつぶつ言わず、さっさとやって」と思ったことがあるでしょう。これは女性側の大いなる勘違いで、あなたの頼みをきちんと引き受けているからこそ、ぶつぶつ言うのです。

男性の中でフォーカスするポイントを変えているとき、口が勝手にぶつくさ言っちゃうので、まぁBGMみたいなものだと思ってください。閉店前に、蛍の光が流れて「そろそろ閉店」と認識するように、ぶつぶつ言うのを聞いたら「今からその頼みに真剣に取り掛かります」の予告だと思いましょう。

男性側が女性についてよく誤解しているのは、何かをしてあげなくちゃいけないと行動をさかすことです。行動しないと支えにならないと思っているんですが、女性の側は、ただ話を聴いてもらえること自体に、支えられていると感じます。言い換えるなら、そうやって気持ちを吐きだすとくつろげて、そのプロセスを支えと感じるということです。ソファーにもたれかかる至福のような感じでしょうか?

女性はぶつぶつ言う男性をBGM始まったと捉え、男性は聴くというより抱きとめるソファーになったつもりでいると、夫婦間も息を吹き返しやすくなるでしょう。

脱ぎ捨てられた靴下

大人が脱ぎ捨てた靴下が室内に落ちていて、多くの場合それは男性がしたことというシーンは、比較的あるあるでしょうか?

そんなとき、相手が大人なら、黙って靴下を拾って洗濯機に放り込んだりしないでください。ただ「そこに靴下が落ちているみたい」と言ってください。

そう言われた人が、靴下を拾って洗濯機に入れたら「靴下拾ったの。きれいになった。ありがとう」とだけ、返しましょう。つまり、相手の境界に侵入して、世話して、相手を子供返りさせるのではなく、相手の境界を尊重し、相手が請け負うべき責任をうばわず、即ち相手から力を奪わずにいるのです。

日本の夫婦は、今でも夫婦間を疑似親子化しやすく、互いに子供返りしては、関係をややこしくしがちです。そうなると、信頼が失われてしまいます。

もちろんそこには男女差もあって、回復したいとき男性は沈黙し女性は話しまくる傾向があります。強い感情を感じると、男性は言葉を失い行動に走る一方、女性は気持ちを吐きだそうとします。

夫婦間も、息を吹き返していくことができます。

使命や天職を超えて

使命や天職という発想は、基本的にはキリスト教に代表される「神が人間をつくった」という視点が生んでいます。

あなたがまだ20代なら、こうした視点に立ってみて、進めるところまで進んでみるのは、悪くないと思います。

しかし、30代後半以降なら、こうした個人的で高揚感のある視点に、行き詰まりを感じたいところです。個人的である窮屈さに、触れていないと、人としての成熟度合いは低いといえるでしょう。

個人的な夢や欲望を追って現実にしてみて、その虚しさに視野を広げ、自分個人を超えていくことが当たり前になるのが、30代後半以降なら謳歌したい人生の在り方です。

使命や天職を超えて、人間という大海の一滴として、同じ地球に住む動植物に否応なく与えてしまう影響として、人生の目的に置くべきは、やはり物質として清まること(概念としてではない)以外にないように思いますが、みなさんはどうお考えでしょうか?

何事も机上の空論で受け取る方は「自分はもう40過ぎてるのにダメだ」「ストレスがかかると個人的なところに戻る自分を戒めなきゃ」のように、心身の統合が失われていないと出てこない発想をします。

そうやって、自分に蓋をしてしまわず、自分を決め付けて深く傷つず、時にそこに揺れが生じる自然を受け入れるだけの心身の統合を、まずは目標にしてみてはいかがでしょうか?

幸せへの近道

幸せへの近道は、欲望がいつの間にか減ってしまう時を過ごすことです。そう言われると、気合いが入っちゃう人がいて「がんばるぞ!」と、禁欲キャンペーンを掲げちゃうんです。意志の力で「明日からはあれもこれも止めます」と、ねじ伏せます。

向かう場所は同じですが、これだとプロセスが違うんです。というのは「欲望がするんと勝手に、減っちゃうー」は、「禁欲頑張る!」が生む抑圧と破壊を孕む同一を求める反復強迫とは相容れない、真逆のプロセスだからです。

真逆のプロセスの方では「そうする方が気持ちいいから、そういえば毎日続いていた」と振り返るような、努力が太刀打ちできないふにゃふにゃで根性の要らない瞬間を積み重ねます。だから自分が傷つかないし「努力しても変わらないんですけど!どうしたらいいの?」と混乱中の人には希望になるし、今を傷つけないから、未来も自然と守られていく展開が、生まれます。

このふにゃふにゃのプロセスを辿るのが、オンライン・ワークショップ息を吹き返すシリーズ」で、9月5日までの間アンコール開催します。お好きなものをお好きな時に、ご依頼下さい。


~アンコール開催 オンラインWS「息を吹き返すシリーズ」~

■ 開催期間:本日~2019年9月5日まで(お盆もOK)
■ WS詳細:

< 内容詳細 ※ひとつ90分です※ >
・息を吹き返す1 ~怒り編~:https://wp.me/p2ZjtS-dgk
・息を吹き返す2 ~お金編~:https://wp.me/p2ZjtS-dng
・息を吹き返す3 ~魅力編~:https://wp.me/p2ZjtS-dtl
・息を吹き返す4 ~アンチエイジング編~:https://wp.me/
p2ZjtS-dzH

< 参加者の声 >
・息を吹き返す1 ~怒り編~:https://wp.me/p2ZjtS-djO
・息を吹き返す2 ~お金編~:https://wp.me/p2ZjtS-dou
・息を吹き返す3 ~魅力編~:https://wp.me/p2ZjtS-dvZ
・息を吹き返す4 ~アンチエイジング編~:https://wp.me/
p2ZjtS-dC9

■ 参加方法:Skype(推奨)、Zoom、電話
■ お申込み〆切:2019年9月4日 夜21:30
■ お申込みURL:https://ws.formzu.net/fgen/S86985973/


他のワークショップに比べ、病的な状態の方でも受けて頂けるよう作ってあります。飲酒や喫煙の常習に共依存など、他のワ-クショップやコーチングではお断りせざるを得ない方も、このワークショップについては、お申込みいただけるケースがあります。詳細は、ご自身の状態を添えて、お問い合わせ下さい。

これから、外出不可能になるような高温期も増えます。そんな中でも、息を吹き返して、伸び伸びとスケールアップしていく選択をご自身に、贈ってみませんか?

現実の取り違え

大人であるのに、大人と子供を同列にみなして扱うこと、即ち大人と子供の区別がついていないことが、無自覚なabuseを生む一因です。

「子供の方が働きかけやすいから」と子供に向かうこと自体が、その大人の脆さ(幼児性)を表しています。

子供をabuseする人は、それだけでなく、母子分離できていない自分と子供を、同一視してしまいます。粘土をくっつけるように、この三者が一緒くたになってしまっているのです。(母親だけでなく、父親にも起きます)

そうすると、その大人の内面世界では、母親=自分の子供となってしまい、両方ともが依存先になり、なおかつ両方ともが自分を迫害する存在になります。なぜなら、母親はいつも「良い子」の自分しか受け入れてくれなかったからです。「良い子」ではない自分は、母親から隠していたわけですから、母親は「いい子」てない自分にとっては、迫害者だったからです。

依存しながら、なおかつその相手にいつも迫害されていく追いやられていく中で、過剰に世話をし過保護になる時がある一方、自分を迫害する存在に殺意が生じてもおかしくはありません。大人である母親よりも、実際に子供である我が子の方が弱者ですから、手をかける対象になっていくのは、動物としては自然かもしれません。そんな風に、現実の取り違えが起きてしまうのです。

健やかなバウンダリーを持たず、分別がない大人は、子供「生意気だ」と感じては、大人と同列に見る視点から嫉妬したり、あるいは同一視していきますが、これらは子供を虐待する親によく見られる特徴です。

嫉妬や同一視をしている、あまりに多くの皆さん。あなたが実際にしていることに無自覚なだけではないでしょうか?

母親をやめてもいい。

昨日の続きです。自由が必要な傷ついた状態の大人が虐待(abuse)に走ってしまうとき、私たちが考え直したいのは、私たち自身がその人たちにとって「傷ついているの。助けて」と言える相手であろうとしたかと言うことです。

その上で、abuseがいかに身近でみなさんも手を染めているかということを、素直に自覚していただけたら、幸いです。

子供を虐待する親の中には、いつも泣き続けている自分自身と言う子供の終わらない物語が存在します。泣き続けている自分自身を抱えながら、実際に子供である我が子を前に「この子がしてもらうように、自分も愛されたい。世話されたい」と願い、それが「この子ばっかりずるい。可愛くない」というジェラシーになっていきます。

子供をabuseする親の中に、健やかなバウンダリーを持つ人はいません。健やかなバウンダリーがないからこそ、自動的に無自覚なまま、他者を不正利用(abuse)できてしまえるのです。

ジェラシーを感じながらも、親であろうとする葛藤は、子供を盾としたり、代理とする姿勢に転じらていきます。

この段階で「親を続けるのは、無理かもしれない」と育児困難を訴える人には、どうか「そうだね、やめてもいいよ。そういう道もあるよ。これまですごかったね」と伝えてあげてください。「そんなこと言わないで」と追い詰めないであげませんか?

というのは、決して安易に里子に出すことを推奨しているわけではなく、まだ正気を保っている瞬間に親としてできる精一杯のこととして「もう自分には親は無理かもしれない」と吐露するケースがすごく多いからです。逃げて言っているのではなく、本当にベストを提案するために、一見すると弱音に聞こえることを言うことがあるのです。しかし、本人にはこのままいくと逃れようのない未来がわかっていて、それを避けるために精一杯の努力として、ちょっと下手な表現でそれを表しているのです。どうかそれを水に流さず、手のひらですくってあげてください。

明日に続きます。

子供を救わない現実

心理的虐待の場合、親にその自覚がないことが多く「虐待している」と言われても、それを不名誉な評価とだけ受け取り、そうなる自分の苦しみや傷みには、目が向きづらいようです。教えてくれた相手を攻撃するケースも、よくあります。

それでも、abuse(虐待)であることに変わりはなく、そこにたどり着いた親は、また自分に正直ではなく、自分への不正をたくさんしています。無自覚に、自分のことも不正利用(abuse)してきた軌跡が、あるのです。

不正とは「こんなことくらい平気」「多分大丈夫」「考えてもしょうがないから、飲み込もう」と思ったり、自分の中で「やりやすい方で!」と焦点をずらしてしまうこと等々です。

こうした状態の親を恐れて、よかれと思って塾考しているつもりで回避し、誰も子供を助けない状況が重なってきました。(周りも不正を働いているということです)

もし、みなさんが虐待を受けている子供を助けたいなら、少なくとも、そこに弁護士を巻きこんでも、費用の心配はしなくていいことを、まずは知ってください。民事法律扶助を利用できます。だから、安心して声を上げてください。実際、地域の有志でこの制度を使い、子供を救い出した事例があります。

そして、虐待している大人には傷があり、単に治療が必要なだけだと、知ってください明日に続きます。

輝きたい!

「輝きたい」は、曖昧な表現でありつつ、なんとなくみんなが持つ心の動きを、遠からず表してくれる表現です。

では、あなた自身が輝きたいとき、あなたの人生を輝かせたいとき、いのちが輝いている毎日を送りたいとき、どうすればいいのでしょうか?

みなさんは、あなたやあなたの人生やいのちの輝きを鈍らせる存在を、自覚できているでしょうか?先を読む前に、すこし普段の考えを整理してみて下さい。これまで、あなたやあなたの人生やいのちの輝きを鈍らせてきたのは、何だと思ってきましたか?

実は、あなたやあなたの人生やいのちの輝きを鈍らせるものこそ、欲望なのです。現に欲望を減らし始めている人は、そうするほど自分が健やかさに向かえ、あやまった判断をその時点で認識できないことによる穢れにダイブするような刺激的な動きが自分の中で弱まり、そうすると心身が静かで気持ちよく茶室にいるようなスッキリ感が続くことを、既に当たり前としていると思います。

欲望を追い求め、肥大させていくと、追われる感と磨り減る感が半端なくなり、それらから逃げるためのうっとりを求めて疑似恋愛に走ったり(日本は擬似恋愛大国)、周りに迷惑をかけている事実を思いやりと認識し、大切にすべき人ほど、あなたから離れていってしまいます。

欲望に向かうほど、無自覚に穢れまみれになるようになり、互いに穢れをなすりつけ合う様を愛があると認識しては、人間性を低くしていきます。

うっとりしあいながら、共に確実に無自覚に堕ちてゆく人間関係から自由になっていくので、解決すべき問題にもきちんと対処し始めることができるようになります。

いのちを輝かせると思っていた人間関係が、どれほど自分を傷つけていただけだったか、あなたを輝かせると信じ込んでいたその手法が、いかにまやかしだったか、あなたの人生を輝かせるはずだったその選択が、いかにかけがえのなさを壊す地獄への道だったか。

満足はしても、高揚はしても、いつも苦しみだらけなのは、あなたがあなたの人生があなたの命が、くすみボロボロになっていっただけだったからこそ、いつもあなたの中に感じられていた、サインでした。

【開催報告】7/13,16 オンラインWS「スピンオフ 息を吹き返す4」

雨がざぶんざぶんと降っている日と、アブラゼミと蜩と鶯とカエルの鳴く日に、スピンオフとなる「息を吹き返す」を開催しました。

急に暑くなることを警戒して、うちの台所にはスイカ一玉を転がしておいてあります。そして、夜間急に冷えることもあるため、毛布も常備してありながら、地球温暖化の進む早さにオロオロするだけの状態から、やっと抜けたところです。

話を戻しますね。それでは頂いた感想をシェアします。シリーズすべて受けてくださって、ありがとうございました。受け取ってくださったことが、本当に嬉しいです。

「(今の身体は)身体の感覚を感じやすくなっています。WSを受けて、全般的にこわばっている感じや緊張している感じが緩んだこともあると思いますが、身体それぞれの部分と、そのつながりを感じる感度がWS前よりも高まりました。

(今の心は)自分を受け容れている感じがあります。WS中にも出た顔の表情に対する意識が変わったことで、自分のいまの状況(身体と心)をそのまま意識しやすくなったことで「あ、いまこういう感じなんだぁ」という形で自分の状態をそのまま受け取るような感覚があります。そして、この感覚をとても心地良く感じています。

(これからの人生にとって大事なことは)
自分の感情を表情で感じること。今日のWSを受けて、「表情を顔に出してはいけない」という思い込みが強いことに気がつきました。ネガティブな感情だけでなく、ポジティブな喜びとか驚きも「出してはいけない」という感覚が根強くあって、それが当たり前になってしまっていることに気がつきました。ここを少しずつ変えていき、表情と感情をつなげていくと、身体の感覚を意識しやすくなると思いますし、他の人とのコミュニケーションも、今よりもごまかしのないものになっていくのではないかと思いました。

これまでのWSをすべてをとおして振り返ると、自分の身体と心の感覚をそのまま受け取るということを学びました。自分の感覚をそのまま受け取るということをせず、抑えていたことで見落としていたこと、気づけていなかったことがたくさんありました。これからは、教えていただいたことを実践し続けて、今までよりも毎日をきめ細かく過ごしていけるようになっていきたいと思います。

(コンサルタント、42歳、男性)

「(今の身体は)
自分では自覚できなかった余分な力が抜けた。頚椎と胸椎、腰椎が余分な力が入らずほぐれている。

(今の心は)
とても静か。感情的に外にぴょーんと飛び出していかない感覚。

(これからの人生にとって大事なことは)
不得意な感情から逃げず、自分に許可を出して向き合う。

自分が不得意な部分をまざまざと見て、(不得意な部分を)どのように生かすか指針を見せていただきました。貴重で、きらきらした時間でした。

(営業、42歳、女性)

ビジネスにおいて、特に交渉など担当してしまうと、ポーカーフェイスであることを求められがちです。しかし、本質的に人はそんなに「浅い」ものでしょうか?「よし、相手の気持ちを読めた」と思い込める態度は、あなた自身の尊厳をまもってきたでしょうか?

必死に小手先の対応を重ね、いつの間にか厚顔無恥になっている大人のひとりに、自分が入ってしまったなら、その後の自分の人生は、どんな潜在的な機会や展開を失ってしまっているのでしょう?

そんなことも踏まえて作ったワークショップでした。たくさんの方が、息を吹き返し、自分を取り戻して、ほんとうにあの頃望んだ人生を歩んでくれたらと、願っています。

オンラインWS「スピンオフ 息を吹き返す4 〜アンチエイジング編〜」の開催概要はこちらです。

それでね、息を吹き返すシリーズのアンコール開催、行います。9月5日までのお好きな日時で、開催いたします。「実はあれ見逃した」「今になって興味が出てきた」という方、以下から9月4日までにお申し込みください。

アンコール開催 オンラインWS「息を吹き返す」シリーズに、申し込む

息を吹き返すシリーズはすべて「努力しても変わらないんですけど、どうしたらいいの!」という方のために作った、自分を傷つけずに未来をまもっていく日常を当たり前にしてくれるワークショップです。他のワークショップに比べ、病的な状態の方でも受けて頂けるよう、作りました。他のワークショップやコーチングではお断りせざるを得ない方も、このワークショップについては、お申込みいただけるケースがあります。詳細は、ご自身の状態を添えて、お問い合わせください。

逆の動き、同時にしていませんか?

わたしたちは驚くと、口をポカンと開けたり、目を見開いたりします。ずっと悲しんでばかりいると、顔の筋肉は垂れ下がってきますし、怒れば顔を含め全身のいろんな筋肉に、力がぐっと入ります。

感情の筋肉の動きは、こんな風に連動していきます。口角を上げれば、確かに喜びを想起しやすくなります。

失感情症の状態に近い人は、感情に伴う筋肉や呼吸の動きを、うまくとらえられず、それこそポカンとしがちです。ただそこが、宝の山です。

例えば「喜びを思い切り表してはいけない」と思っていると「これからは喜びを思いっきり表すように注意しよう」なんて、発想するわけです。でも、注意すると言う動きは、微細さを必要とする動きで、ゆえにどちらかといえば縮こまるような動きです。一方で、喜びは筋肉が上に上がったり、開いたりするような動きです。口角を上げると、息は吐くより、自然と吸いやすくなります。

だけど、その感情に対する思い込みやその感情の表現に対する制限が自分の中にあると、真逆の動きすら同時にしてしまえます。もっと喜びたい!と、縮こまったり、喜びながら息を吐くような、ややこしいことが起きてきます。

真逆の動きという宝の山を見つけたら、どうぞコーチングに遊びにいらしてください。コーチングは、最低でも、大人のための知的なエンターテイメントだからです。