Tags

最近は「できない」ことがすごくいいなと思っていました。できる人に頼めばいいやと言う感じではなくて、できないことの本質に指が触れてしまって「あ、美しい」となった感じです。

この仕事をしていると、あまりにも人はそれぞれが違うと言うことにばかり、直面します。ケース・スタディー化はもちろん不可能ではないけれど、いつも大海原を目の前にするような呆然とした感覚になります。

「できない」と言う消化不良な感じとも言い換えられそうなこの感覚は、保存食を作ったときのことを思い出させてくれるんです。冷蔵庫を開けると、今ならあの時作ったブルーベリージャムやらっきょうの味噌漬けがあって、あの時もてあました分が消化不良だった分が「できなかった」分が、宝物のように輝いています。

だから自分のあまりの「できなさ」や消化不良な感じや持て余す感じに、そしてそれをもたらしてくれたきっかけや人に、すごく感謝がわくようになりました。「できない」を利用しようとする発想とは全く違います。

昔の人は「できなさ」いや消化不良や持て余す感じの豊かさを見抜いて、保存食をつくったんじゃないかと思う今日この頃です。「できない」を馬鹿にしない人は、職種を超えて若々しいなぁと感じています。