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「デザートを食べたから、ご飯はいらない」と、お子さんに言われたら、皆さんはきっとお子さんを叱ると思います。そんなことを言っている同僚がいたら、ちょっと心配になると思います。

ところが、構造的には同じことをしている大人がたくさんいます。夫婦間において、ごはん(夫婦愛)の代わりに、デザート(親子愛)を求めて「甘くないから嫌。全部茶色だから嫌」というかのように、自分を差し置いて相手に違和感を突きつけ、やがて破綻していくのです。

親子愛と夫婦愛は質が違います。だから、親子愛において優しさに見えることも、夫婦愛においては苦しみにすぎなかったりします。

理想的な父親像を求める奥さんは、旦那さんの起業に怯えます。理想的な父親は、いつも安定をもたらしてくれるはずの存在なのに、夢が破れて、いわば小さな女の子になってしまうのです。

理想的な母親像を求める旦那さんは、普段子育てや家事のほとんどを奥さんが負っているのに、自分が家庭に仕事と一緒に持ち帰ったイライラや緊張は差し置いて「母親のくせに」「それは母親としてどうなんだ」という言ったりします。何でも受け入れて抱きしめてくれる存在じゃなかったのかと、やっぱり夢破れて、小さな男の子に戻って騒ぐのです。

デザートはご飯の代わりにならないのです。明日に続きます。