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大人であるのに、大人と子供を同列にみなして扱うこと、即ち大人と子供の区別がついていないことが、無自覚なabuseを生む一因です。

「子供の方が働きかけやすいから」と子供に向かうこと自体が、その大人の脆さ(幼児性)を表しています。

子供をabuseする人は、それだけでなく、母子分離できていない自分と子供を、同一視してしまいます。粘土をくっつけるように、この三者が一緒くたになってしまっているのです。(母親だけでなく、父親にも起きます)

そうすると、その大人の内面世界では、母親=自分の子供となってしまい、両方ともが依存先になり、なおかつ両方ともが自分を迫害する存在になります。なぜなら、母親はいつも「良い子」の自分しか受け入れてくれなかったからです。「良い子」ではない自分は、母親から隠していたわけですから、母親は「いい子」てない自分にとっては、迫害者だったからです。

依存しながら、なおかつその相手にいつも迫害されていく追いやられていく中で、過剰に世話をし過保護になる時がある一方、自分を迫害する存在に殺意が生じてもおかしくはありません。大人である母親よりも、実際に子供である我が子の方が弱者ですから、手をかける対象になっていくのは、動物としては自然かもしれません。そんな風に、現実の取り違えが起きてしまうのです。

健やかなバウンダリーを持たず、分別がない大人は、子供「生意気だ」と感じては、大人と同列に見る視点から嫉妬したり、あるいは同一視していきますが、これらは子供を虐待する親によく見られる特徴です。

嫉妬や同一視をしている、あまりに多くの皆さん。あなたが実際にしていることに無自覚なだけではないでしょうか?