おしゃれが苦手なら、情報量で捉えてみる

単発コーチング、今夜で締切です。さて、「おしゃれが苦手で、本は好きなんです」という方、いらっしゃいませんか?ひとつ試していただきたいのは、おしゃれも情報量で捉えていくことです。

あなたが好きな本を手元に数冊、用意してみて下さい。読まずにただパラパラめくって、情報の密度を確認します。結果として、あなたの好きな本は、文字がびっちり書いてある本でしたか?ちょっとフォントや空白に凝っている本でしたか?絵本のように、文字は添えてあるボトムラインという感じで、絵と空白で表現するようなそんな情報の配置がされている本でしたか?

文字がびっちり書いてある本は、言うならばタートルネックです。顔周りの情報が多いと、捉えることができます。いくら、文字がびっちり書いてある本が結果的に好きだとしても、空白ゼロだったら、ちょっとおどろおどろしい感じがしてしまうというか、耳なし芳一のような怪談を思い出してしまいませんか?

もし「確かに!」と思っていただけるなら、タートルネックを着たときには、顔周りの情報は増やさない方がいいでしょう。大ぶりのピアスより小さいピアス、できればピアスよりも顔周りにペンダントトップがこない長いネックレス、凝っているふわふわヘアより、バレリーナ的なきゅっとまとまったシンプルエハの方が、情報量をふやさないで済みます。

空白のうつくしさが、どんどん読み進めることを助けてくれるような本が好きなら、情報量の点では、鎖骨だけでなくデコルテもしっかり見える服が好きかもしれないと、言い換えられます。そうしたら、情報を少し増やしたり、癖のあるフォントを使うように、癖のあるものをもってきて、アクセントにするといいですよね?アクセサリーを使いたくないなら、服の柄を大柄にするだけでも、情報量は増えますし、髪を下ろせば情報量は増えます。

そんな風に「応用して」捉えてみると、苦手なおしゃれと好きな本の世界もつながっていきます。好きなものはそんな風にみなさんの自立を、とことん助けてくれます。

お客様という仮面

先日、オンデマンドで「マスカレード・ホテル」を観ました。(以下、ネタバレします)

二軸として、一見逆に見える高級ホテルと警察があります。高級ホテルでは、ホテル滞在を仮面舞踏会のようにとらえて、お客様の素顔が見えながらも、その仮面に沿って動くことが良いサービスとされます。警察は、お客様(人)の素顔を同じように見抜いたら、その素顔をどんどん暴く方向で動くことが、職を全うすることになります。

どちらも「素顔を見抜いている」共通点がありつつ、その後の対応が真逆であることが、この物語を支えていました。それで、上記の職種に限らず、「お客様」になること自体が「仮面」になるのは、本質をついているなぁと思ったんです。

「お客様(患者なども含む)」になった途端、横暴になるなど、態度が変わる人はすごく多いです。新幹線のグリーン車に飛行機のビジネスクラスやファーストクラス、どちらも自由席やエコノミーより、ずっと使い方が汚くて、通るとスラム街のように感じます。「うわー心がすさんでいる人が座っていたんだな」と、思わざるを得ません。「お金を払えば、横暴になったり粗雑になっていいんだよ。そうやってお金で自由を買うんだ」と、お家でも子供に教育中でしょうか?

一方「お客様」を「仮面」にしない人もいます。「相手も仕事だからいいんじゃない?」ではなく「相手も自分と同じ人間だ」という姿勢が、人生を通じて貫かれているのです。そういう人がする仕事には、その人の生き方が現れるから、その仕事内容が何であれ、きれいだったり気持ちよいものになります。

日々、うつくしくありたいと「お客様」であることを堪能しているなら、この記事は何度でも読み返していただきたいです。

もっとオファーされたいのに。

仕事などで「もっと人から求められるように」と「うまく見せたい」にフォーカスしていくと、自分らしさが失われていきます。だから、あなたにオファーする理由が消えて、人から求められなくなります。

「うまく見せたい」にフォーカスしているとき、まるで光に向かっているような感覚に陥っているのでしょう。そうすると、いつの間にか足元に何もなくなっていて、そこは闇なんです。「うまく見せたい」と光に向かっていたはずのとき、本当に生まれていたのは「また求められなくなったらどうしよう」という、闇を恐れる気持ちの方です。それを消すために、光に見える方に向かってしまったのえす。

実際に、一寸先が闇のことはあります。そして、その一寸先には光があるのです。だから、闇を恐れてあわあわしながら、何とか光を探すより、ずんずんと闇に入っていってみてください。枯れていた井戸も満ちます。

Uber Eatsが自分をダメにする?

「おいしい」って何か、わかっていますか?その説明ができるかという意味でも、心がウキウキするかという意味でもなく、その感覚を確かに揺るがぬものとして、知っていますか?

「おいしい」という言葉の意味がわかっていないと、コンビニもスーパーも冷凍食品も出来合いの物もお祭りの屋台も、ぜんぶがおいしく感じられてしまいます。それは、多様性を受け入れているとか、違いに寛容であるのではなく、真逆なんです。そもそも違いが分かっていないから、ぜんぶ同じだから、ぜんぶおいしく感じられているだけなのです。とっても画一的なんです。

「Uber Eatsが自分をダメにする」「あちこちで外食できて、なんて優しい社会なんだ」なんて言っている方は、残念だけど「おいしい」の意味はわかっていません。

自分の心と身体が何を求めているか、ちゃんと感じられなくなっていると、うまくみせられる服を選んで自分らしさが殺されていることに気づけなかったり、とんちんかんな恋人を選んで、別れられなくなったりします。

時間のかかるものをつくるのでも、珍しい食材を手に入れるのでも、すべてオーガニックと拘って頑なになるのでもなく、ちゃんと食べられるおいしいものをささっと作っていただきましょう。

自分の心と身体が何を求めているかが、感じられるようになると、よくある大型スーパーにはおいしいものなんて売っていないどころか、食べられるものがほぼ売っていないことがわかります。つまり「スーパーに行かなきゃ」自体が、消えていくんです。

自分の恥を相手になすりつけない。

はじめに、今募集中のオンラインWS「スケールアップ」は、今夜21時半ジャストに〆切です。

さて「自分という存在が恥だ」と深く思っていると、そんな自分が少しでも大切な存在になるために、価値ある存在になるためにと、誰かにその恥の克服を押し付けることがよく起きています、

例えば、早くに結婚してむなしさを感じているお母さんが「男なんてあてにならないわ。女は仕事よ。一生できる仕事を見つけなさい」と、娘を教育していたり、医者になれなかった医者の息子が、子供を自分が入れなかった一流の医大にいれて、そこにだけお金は惜しまなかったりします。これらは、親の恥を子供に克服させているのです。(親が子供を利用しているのです)無論、周りから見ると、こうした態度の方が「恥知らず」に見えるでしょう。子供の尊厳を守るどころか、奪っているからです。

セクシャルなシーンでも、こうしたことがよく見られます。セクシャルなシーンというのは、危く脆いものを本質的に孕みます。だからこそ、健全な大人だけが入っていける場面であるべきです。しかしながら、実際には、不健康で未熟な人がどっとなだれ込む受け皿のようになっています。その人がそれまでに感じた恥を、自分のパートナーになすりつけて、相手を「自分が自分の恥を克服する」道具にしてしまうのです。ここにも、尊厳はありません。

世界全体から尊厳が奪われて行っているので、まずはあなたからこの世界に尊厳を戻していってほしいなぁと思っています。

どうでもいい私

「自分という存在が恥だ」と外から入れられていると「自分は生きている意味なんてないんじゃないか」「自分の正体を人に知られてはいけない」「こんな自分を見せたら嫌われる」といった感覚が強いため、とにかく隠れよう隠そうという動きが強くでてきます。恥ずかしがる子供が、ぱっと隠れたりしますが、それと同じです。

そんないたたまれないどうでもいい自分を抱えているなら、自分を大切にするということは、ひどく難しく感じると思います。手の付けようがないという感じがするだろうと思います。

一つ皆さんが覚えておくといいだろうことは、外から植え付けられたものは、必ずあなたの中で「断定系」で再生されるということです。「自分はダメだ」なんて、その典型例です。そして、外から入ったもの、つまり誰かの忘れ物ですから「なぜ、ここにあるのか?」と考えても、わかるわけがありません。

例えるなら、みなさんの部屋に本が落ちていて「え?きのこ図鑑?こんな本買った?いつ?」と当惑するわけです。「なぜ、きのこ嫌いのわたしが、きのこ図鑑なんて買っちゃったのか」と考えても、そもそもみなさんは買っていないから、答えは出ないんです。この場合することは、ただ一つ、持ち主を探して返すことです。まずは「このきのこ図鑑はわたしの本ではない」と、きのこ図鑑を前に言ってみることです。つまり、自分が恥を感じていると少しでも認識できたら「この恥、わたしのじゃありませーん」と、逐一言ってみることは役立ちます。(あ、きのこ図鑑はおもしろいですよ~!きのこもすばらしい存在です)

もう一つは、支えてくれる人を得ていくことです。そうすると、どうでもいい私はやがて、大切な自分へと変わっていきます。

孤立と恥

何か失敗して「恥ずかしい」と思うくらいなら、受け入れるという作業で消えていきます。こうした恥については、健全なものだといえるでしょう。

ただ、「自分という存在は恥だ」と外から入れられていると、津波で全員流されたのにどうしようもなかった状況でも「それでもわたしが○○していたら、助かったかもしれない」「あの人じゃなく、わたしが病気になればよかった」「生き残ったことがいたたまれない」といった風に、自分で自分にさらに恥を与えていってしまうことがあります。まず、これが恥という感覚なのだと、改めて理解に努めてみてください。

どんどんそうやって自分を侮蔑していくと、わたしたちは孤立する恐怖を味わうようになります。外から入れられた恥が発端となって、望んでいないのに、人からどんどん遠ざかってしまうんです。

「わたしなんかが…」「自分はほんとうに情けない」「あれ以来、汚れてしまった」こうした感覚はすべて、恥という感情が非常に深く在るサインなんです。

どうせ、安物だったし。

わたしたちが恥を感じないために良くするのは、人とのかかわりを避けること/名誉欲を育てること/各種アディクション(ワーカホリックももちろん含む)/批評家ぶること/自分自身に対し監視していく感覚が常にある状態に入ることです。

物を壊したときに「これ、安物だったしね。どうせ国産じゃないし、人件費の安い工場で作られたんでしょ」なんて言う、(特に)男性をよく見かけませんか?そんな風に批評家ぶっている人、かなりの人数生息していませんか?

あるいは一度遅刻してしまって「こんなのダメだ」と思うと、寝る前から緊張してしまって、目覚まし時計を何度も確認したり、いつもなら気にならない玄関の確認を何度もするといった、疑心暗鬼のモードにはいって、自分を監視していくのです。

そうじゃないと「自分はダメ(な存在)だ」「(自分は恥ずかしい存在だから)居場所がない」といった、拭い去れない恥の感覚が襲ってくるから、プライドもどんどん高くなって「馬鹿にするな!」と怒ることも、増えていくんです。年をとるとプライドが高くなるのではなくて、年を取るとその恥の拭えなさに呆然とする、そう表した方が、表現として適切かなぁと思います。

恥の中身

恥が外から植え付けられる際には「あんたなんか生まなければよかった」「また女の子だ。男の子がよかったのに、女の子はもういらないのに」「男のくせに泣くのやめなさい!」「そんな大声を出して、みんなが見てるよ」「(事実ではないこととして)あなたは橋の下から拾ってきたの」「女のくせに、気も利かないんだから」といった、セリフが吐かれていることが多いでしょう。

それだけでなく、楽しそうに身体を動かしているときに「みっともない」と吐き捨てられたり、やっとできたときに「たった1回しかできてないじゃないの」と水を差されたり、がんばった服装に「変なの~」と言われることでも、十分恥は植え付けられます。

ここまで読んで、ハッとした方も、多かったのではないでしょうか?

恥は、集団への帰属意識と深く関連します。違いを認めない集団ほど、恥という感覚は強くなるから、いわば「恥ずかしくて死んでしまいたい」と、切腹してしまうのが、過去の日本でした。恥が強くある文化ほど、辱めに報復するし「こうあらないと」「こうすべき」も強くなります。集団としてまとまりやすくはなっても、個人のありようも非常に深いところから強く縛ります。

そして、自分は恥だという感覚が強いほど、助けてといえなくなります。これは、意志の力の及ばない領域で、非常に強くかかるブレーキなので「苦しい時は苦しいというんだよ」「助けてというのがリーダーシップだよ」などと言われて、変わるものではありません。むしろ、そういわれると「はぁ?」という感じの領域です。

日常をしばる感情

昨日の続きです。

それでは、わたしたちを後ろへと引っ張る感情には何があるでしょうか?きっと、みなさんはパッと思い付いたと思います。その通りです。ひとつは、恐怖なんです。でも、後ろへと引っ張るのは、生存のためのブレーキですから、必要なことです。アクセルだけの車は、こわすぎます。恐怖は、基本的に対象や条件を持っています。「引いたり満ちたりする水、つまり海が怖い」や「声の大きな男の人が怖い」といった感じです。

ただ、いつもブレーキがかかっていたら、そのまま時にアクセルをふかし続けることになったら、どうなるでしょうか?車は随分早く壊れてしまいそうな気がします。

いつもブレーキがかかっているように、日常でわたしたちの行動をしばって、前向きになれないようにしてしまう感情があります。実はそれが恥なんです。つまり、例えば、悲しんでいるから前に進めないように見えている人の中には、深く恥がブレーキを引いていて、自分という存在を恥じているからこそ、前に進めないだけだということなんです。

実は、酷い経験をしたとき、それがトラウマになるかどうかは、その人がどれだけ自分を恥だと感じるよう植え付けられてきたかと、深く関連していると言われています。

怒りは後向きなの?

昨日の続きです。

では、忌み嫌われがちな怒りは、後ろ向きなのでしょうか?みなさんは、怒りがうんと役立つ瞬間をこれまでに経験したことがあると思います。ちょっと、振り返ってみて下さい。何でしょう?(答えを見つけたら、読み進めましょう)

それは、断捨離です。なんだか怒りをいっぱい抱えているかもしれないと思うなら、断ったり捨てたり離すべきものが、確かにあるというサインでしょう。怒りは、自他の境界を知らせてくれて、新たに気持ちのいい境界を作るための話し合いの力をくれます。怒りもやっぱり、前に踏み出していく感情なんです。

明日に続きます。

感情のまま、行動する?

感情のままに行動している人は、自分の感情を認識してはいないんです。危険な状態にあるんです。だから、感情に飲み込まれて行動する様をみると、危険なものを見せられているから、わたしたちは迷惑に感じたり、時に勇気をもらった気持ちになったりします。

特に日本では、怒りが忌み嫌われて、悲しみが良しとされますが、悲しみはきずなを結びなおしてくれるものです。311の後の動きを見ても、それはクリアでしょう。遺されたわたしたちは、きずなを結びなおそうとしましたし、悲しみ続けているのは自分との絆を結びなおし続けているからに、他なりません。

「悲しんでないで前を向いて」なんて言いますが、悲しみは前に踏み出していく感情の一つで、決してわたしたちを後ろに引っ張ったりはしないのです。

明日に続きます。

【募集スタート】秋のオンラインWS「スケールアップ」

この夏「すさまじい暑さの中、自分はよくがんばったな」と思いませんか?そんな風に、わたしたちは振り返って祝福しては統合し、自分を形成します。秋の気配が濃くなると「そろそろ秋だし!」と、新しいことを知りたくなったりもします。そうやって、わたしたちは生存の可能性を増やします。

湧き上がる思いや蠢く感覚、すべてに意味があります。ただ、だからこそ自分の中が渋滞することもあります。文化的なものなら対処しやすいのですが、生理的なものは根底にあり、意識すらされないことも多くそうもいきません。

一番根底にある思いや感覚とは、恥です。これはほぼ生理的な思いであり、生理的な感覚である点が、他の思いや感覚と異なります。

初めてできた逆上がりで言われた「一回しかできてないじゃない」や、虫の居所が悪かった親があなたに放つ「あんたなんかうちの子じゃない」に、楽しく踊っているときに言われた「みっともない」など、すべてあなたに恥を植え付けた言葉です。

もちろん、恥は悪者ではありません。「こんな行動は恥ずかしかった」と正せば、そこに所属しやすくなります。つまり、みなさんが所属したい集団によって「何が恥か」は変わります。ただひどい恥を与えられて、あなたの尊厳を壊そうとした相手が、あなたに植え付けた「自分が恥なんだ」「恥ずかしいから、消えてしまいたい」という想いと感覚は、百害あって一利なしです。あなたを深く蝕むだけでなく、周りにも「負うべきでない責任を、負わなければ」という感覚を蔓延させる、悪影響を生んでいきます。

その先に、各種アディクション(「カフェイン断ちに失敗」程度も含む)/悪い男・女につかまる/子育て後うまく社会復帰できない/「結婚しない」ではなく「結婚できない」と思う/どう努力すればいいか分からない/燃え尽きるまでがんばる/ハラスメント/凶悪な犯罪など、多種多様な状態が展開します。

つまり、本当にわたしたちがスケールアップして、伸び伸び生きていこうとするなら、現時点でみなさんの中でほぼ意識されていない「自分が恥だ」という思いや感覚から解かれていくことが、必須なんです。日々のコーチングから漏れる部分を扱いますので、クライアントさんもぜひ奮ってご参加ください。今回は、ワークショップ中に何度か、ビデオカメラも使う予定です。


~秋のオンライン・ワークショップ「スケールアップ」~

〇 場 所:スカイプ上(有線LAN接続 推奨)

〇 日 時:
– 8月29日(木)13:00~14:30
– 8月30日(金)13:30~15:00
– 8月31日(土)16:30~18:00
– 新しい日程(~9/30)を提案する

○ 対 象:~以下の状態がほしい方~
□ 自分を責めないでいられる喜び
□ 自分を傷つける人から、ついに離れられた
□ もう声が大きい年上に、ビクビクしない
□ 恥を怒りにすりかえない
□ 本当の自分を知られても、だいじょうぶ
□ ささいな間違いに、もう圧倒されない
□ 「わたしなんて」と自分を侮蔑しない
□ 子供の成長に合わせ、子育てが楽になる
□ 経験を重ねるにつれ、仕事に余裕が出る
□ 失敗しても、自分の居場所は消えない
□ 居場所がないと、過剰にがんばる
□ 自分だけ助かっても、恥ずかしくない
□ 尊厳が守られる状態を、認識し始める
□ まちがえても、自分という存在は尊い
□ いたたまれない時も、そこから立て直せる
□ 気が大きくなる瞬間の必要性が、消える
□ 自分にみっともなく感じるパーツはない
□ 自分が負け組かわからないままでいられる
□ いい気になっても、しっぺ返しは来ない
□ 男/女として劣っているなんて思えない

〇 参加費:12,960円(税込)
〇 〆 切:8月27日(火)21:30
◎ お申込み ⇒ https://ws.formzu.net/dist/S26700108/

~ ご協力お願い申し上げます ~

治療が必要な方・ 喫煙常習者・飲酒常習者は、ご利用頂けません。ご自身の状態からお申込みを迷う方は、電話番号と共に詳しい症状を添え、気軽にご連絡ください。ギフト利用の際は、守秘義務に同意したものとみなします。お子様やペットのいる方は、家族に協力をお願いしましょう。静かな環境づくりにご配慮下さい。お申込み後のキャンセルは一切承りません(日程変更はOK)。参加費が発生します。


詳細はお申込み頂いた方にお伝えしますが、今回は ①コップ②水③紙④色鉛筆 or クレヨンor 色ペン をご用意いただいて、途中で何回かビデオカメラをONにして、互いに顔を見ながら話すことがあります。それだけでスケールアップが始まる人も出るよう、デザインしました。ぜひ楽しみにしていて下さい!