Tags

「自分という存在が恥だ」と外から入れられていると「自分は生きている意味なんてないんじゃないか」「自分の正体を人に知られてはいけない」「こんな自分を見せたら嫌われる」といった感覚が強いため、とにかく隠れよう隠そうという動きが強くでてきます。恥ずかしがる子供が、ぱっと隠れたりしますが、それと同じです。

そんないたたまれないどうでもいい自分を抱えているなら、自分を大切にするということは、ひどく難しく感じると思います。手の付けようがないという感じがするだろうと思います。

一つ皆さんが覚えておくといいだろうことは、外から植え付けられたものは、必ずあなたの中で「断定系」で再生されるということです。「自分はダメだ」なんて、その典型例です。そして、外から入ったもの、つまり誰かの忘れ物ですから「なぜ、ここにあるのか?」と考えても、わかるわけがありません。

例えるなら、みなさんの部屋に本が落ちていて「え?きのこ図鑑?こんな本買った?いつ?」と当惑するわけです。「なぜ、きのこ嫌いのわたしが、きのこ図鑑なんて買っちゃったのか」と考えても、そもそもみなさんは買っていないから、答えは出ないんです。この場合することは、ただ一つ、持ち主を探して返すことです。まずは「このきのこ図鑑はわたしの本ではない」と、きのこ図鑑を前に言ってみることです。つまり、自分が恥を感じていると少しでも認識できたら「この恥、わたしのじゃありませーん」と、逐一言ってみることは役立ちます。(あ、きのこ図鑑はおもしろいですよ~!きのこもすばらしい存在です)

もう一つは、支えてくれる人を得ていくことです。そうすると、どうでもいい私はやがて、大切な自分へと変わっていきます。