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不思議なことに、日本では性産業に携わる人が、自立した大人の振る舞いについての指南本など出していたりします。性産業というのは、本来売り物にしてはいけないものが、つまり非売品が売られているという、本質的には闇市みたいなものです。

そして、実際に性産業に携わる人が要求されるのは、成熟したセクシュアリティではなく、極めてナルシシスティックで小器用で小賢しい相手に、母性的なケアを与えていくことです。つまり、愛のない養母になることです。

ただ、これは家庭円満にもつながります。なぜなら、家庭でもパートナーに自分を癒してくれる親であることを期待すると、それはやがて「どうしてわかってくれないの!」を降り積もらせ、恨みへと変質するからです。怒りは健康的なものですが、恨みは病理的なものです。

では、性産業が必要なのかというと、本質的にはそうではありません。みんながちゃんと大人になれば、そのニーズも引き受けても消えます。酔っていたいから、役割を演じるために、その役割からはみ出したことは隠す必要が出てくるという構造がある限り、家庭では隠し事が当たり前となり、そうしないとむしろ家庭が壊れる状態から、抜け出ることができません。

自分のケアは自分でできる、ひとりでいられる人が大人です。ひとりでいられる人は、相手を監視したり束縛する必要からも、解放されていて、他者と調和していけます。