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皮肉でもなんでもなく、巷に流布する「問題解決」は単に見えている事象をいい・悪いでジャッジし、悪いとジャッジしたものについては消そう減らそうとするだけなんだと認識し、大変驚きました。

例えば、肩こり=悪いとジャッジします。なぜ肩こりになったかは、きれいには解明しません。だけど「とりあえず、ここ引っ張ると肩こりが消えます。ほーら、肩こり消えた。はい、問題解決!」なんですね。そこで、なぜ肩こりになったかをきれいに解明していないからこその「肩こりは消えたけど、実はこんな動きが始まっていて、長期的に見るとこんな症状になる」は、見向きもしないんですね。

「ここを引っ張ればいい」という手軽さだけが受けて「肩こりのない”いい”身体」になったと、ジャッジして「よかったよかった」と、自分を丸め込んで、安心とは違う安心感に浸って、その頃にはもう別のことに夢中だから、このプロセスすらあまり覚えていないほどなんですね。

肩こりを失敗のメタファーとして、もう一度上を読み直してください。失敗の力を使えない人は、こんな風にジャッジすることを「考えた」と認識しています。