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大人になり、ジャッジまみれになると、楽しみにも大きい小さいが生まれます。損得から入るので、大きな楽しみに小さな喜びを見出しては、人に喜ばせてもらおうとする小賢しさを、賢さと勘違いするありさまです。

しかし、子供には楽しみに大きい小さいもありません。それがわたしたちのデフォルトてす。雨の降り方が楽しいし、空の変化が面白く、それはキャラクターに会える遊園地に行くこととは、違う面白さだと知っています。

でも、大人の方が子供の興奮する姿に「やはりキャラクターに会える遊園地の方が、大きな楽しみなのだ」と勘違いします。単に神経が興奮し、気持ちが高揚して、判断力を平常より失っている傷つきやすい状態なのに、それを大きな楽しみを与えた自分への評価と見てしまいます。

子供の方がじんわり広がる喜びをしっていて、自分で探索するワクワクに従っているのに、それらを奪い、刺激だけを与えて飼い慣らし、ジャッジしまくりの自分のミニチュアを作っていく姿は、見るに堪えぬものがあります。

小さな楽しみに大きな喜びを見いだせる暮らしの技術くらいもって、リアルな子供よりは大人になりませんか?