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冷え込んできましたね。オンライン・ワークショップ、今夜21時にしめきります。

さて、みなさんは、どんなことに喜びを感じて生きているでしょうか?わたしは、ツタや紅葉が赤いと喜びでいっぱいですし、毎日の塩麹かきまぜタイム(育成中)に至っては、喜びがもりもり増殖します。毎日の小さな喜びを、暮らしの下ごしらえとして、とても大切にしています。

すてきに映る物事を求めたり経験を信奉するような、外的な刺激でわざわざ痛みを感じ(でも、それは慣れてるからもう感じなくて)その驚きを喜びに変換するややこしい仕組みを内蔵していると、心身はただ脆くなります。ダメージを積極的に受けに行き、心身が弱るのは当然でしょう。

ダメージを受け続ける暮らしは、わたしたちからあらゆる基礎を音もなく奪っていきます。例えば、休むという人間のいのちの営みの基礎が壊れて、動き続ける忙しい毎日の方を美徳としてしまいます。例えば、料理する際、下ごしらえという基礎を省くようになります。それどころか、下ごしらえを応用だと思い込んだりします。もちろん、仕事における下ごしらえ・育児における下ごしらえにも、考えは及ばなくなります。

下ごしらえを省くほど、即ち基礎を軽んじるほど、体裁のいいものに丸め込まれますから、質を見抜けない自分を、事あるごとに目の当たりにします。だから、自分を信じられなくなっていきます。形のいいものに喜び、形は悪くとも質がずば抜けていいものは、スルーしてしまうから、心身が気持ちいい人間関係はつくれないのです。

質を見るほど、下ごしらえの30秒を優先しないといけないことを理解できます。仕事の下ごしらえをするほど、休めるようになります。育児の下ごしらえをするほど、毎日の小さな喜びに溢れます。

これらはすべて循環しています。そして、先が見えずどうしようもない中を、何も我慢せず否認せず、健全に探求しつづける人は、おしなべて、人生の下ごしらえをきちっとやり切り、毎日の小さな喜びをうんと大切にしているのです。そうある人は、どんなに辛くとも、心が折れないのです。