食べ物だと、信じる?

立春の単発コーチング、お申込みは明日までです。

さて、実際のところ、皆さんのほとんどが食べ物だと「信じる」ものすなわち、食べものだと「認識しているか」によらずとにかく「信じている」ものを、私は食べ物だと「認識していない」ですし、それでもそれは食べ物だと「信じよう」とはしません。

世の中には、教祖不明の教義不明の「宗教」がたくさんあって、食べ物に対する姿勢もその一つです。

食べ物だと感じられないからこそ、食べ物だと「信じよう」と言う動きが生まれてしまうし、だからこそ「信じられない(疑い)」と、様々な分析をしたくなるのです。

食べものはそもそも「信じる」対象ではありません。まずは、この場所に戻ってくれると、幸せや健康がもう少し身近に感じられてくるだろうと思います。