助け合いの動き。

たくさん助け合いの動きが出てきていることを、ご存知でしょうか?例えば「コロナがらみなら、うちのサーバー無料で貸します」「かつて苦しいときに助けてくれ、今職を失った人たちのために、今こそ無料でランチを届けます」といった感じです。ミュージシャンがこんな風に音を奏でてくれることも、わたしたちを助けてくれますね。

もちろん、これは民が動いてくれているから、官はそこに乗っかり風見鶏のままでも悪くないという話ではありません。

ただ「どうしてくれるんだ」と言う態度を長く続けるのは、自分の中の無力感を高めてしまいます。相手に責任を果たすことを求めていたはずが、単に依存的な態度に移行しやすいのです。でものちんあつによくつかわれるほうほうです。かってにじめつしてくれるかけいさつざたになってくれてかんはなにもしなくていいからです。

自発的に自分で立ち上がって模索をする動きがベースにある方が、相手に要求する時にも、軽やかなまま爽やかなまま自分が楽なままいられます。アサーティブである事はとても大事ですよね!

疲れを感じている方を見ると、依存的な状態に移行してしまい、無力感から立ち上がれなくなっているようにも見えます。助けてと言うべき適切なタイミングを逃してしまうと、本当にみんなが助けられない状況まで創造できてしまいます。そう書いただけで、悲しくなります。

まずは自分を助けて、余力があるのなら、本当にごくわずかに無理のない範囲で、周りを助けていくと、何よりも自分自身に力が戻ってきます。そういう意味で、助け合いの動きの一部になっていきませんか?