聖なるひととき

みなさんに家庭があってお子さんもいるなら、朝早く起きて、お弁当や朝ごはんを作ったりしているかもしれません。

そうしながら飲んでいるコーヒーは、コーヒーの生産者たちが、朝霧にまみれてコーヒーをつむ前のそれと、同じ感覚をもたらすものかもしれません。孤独に見えて、世界の裏側とシンクロする聖なる時間に、わたしは守られているんです。だから、朝のこの時間を、あなたは誰にも渡したくないんです。

夜が明けてリビングが光で満たされる頃、「起きて〜!」と大声で叫びながら、シンクの掃除をしていると、いつものように排水溝に水が吸い込まれて、ゴォッという音が聞こえてきます。

生ゴミも一緒に粉砕してくれるズボボーッという音と共に、得体の知れない嫌な気分がきれいに消えていきます。その音も目覚ましになって、みんなが起きてきます。

私はこの後のお皿洗いが少し楽しみになって、排水溝を見つめながら、深い安らかな表情になっているんです。青ざめやつれるようだったあの音が、いつの間にか、私の勇気に変わっていくんです。

オープンハートでいるコツ

人間によって、蔓延し続ける地球環境全体の汚れ。地球温暖化による、植生の変化やたくさんの動植物の静かな絶滅。生み出せない命だからこそ、今ある資源探しに躍起になって、お金や権力や名誉でそれを確保しようとする動き。そして、もっとこわい動き。

心身共に不快しか募らない現在において、どうやって気持ちを明るく、身体も軽やかに、生きていくことができるのでしょうか?そのコツを、まずは思考の面からお伝えしています。不快にやられちゃわないで、そこから創り出していくことは、これからの時代には生死をわけるポイントにもなっていきます。

良かったら、聞いてくださいね!

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自分の姿を手に入れる!

残念なことに、自分の姿を手に入れることなく、亡くなっていく方が大勢います。イソップ物語に出てくる、肉を加えた犬の話のように、自分の姿を水面にみても、それを自分と認識できないからこそ、「あの肉が欲しい」と唸って、既に持っていたものを失ってしまい、その果てに自分の姿そのものが大きく変わり果ててしまう方も、たくさんいらっしゃいます。

何かで失敗したときに「自分は何かが足りないんだ」と発想して、余分な何かを付け足して、自分の姿の原形がわからないようになってしまう方もいらっしゃいます。挫折したときに「自分がいなければいいんだ」と思って、自分自身を根こそぎ奪おうとする方もいらっしゃいます。

「今の自分で本当に十分なんだ、特別じゃないから失敗したわけじゃなくて、特別だからこそ余計なことはしないで、何かに当てはめたりせずありのままの姿で、堂々と前に進んでいくんだ」と思える時、わたしたちは、水面に映る姿が自分だと認識できます。それが、あなたが自分の姿を手に入れる瞬間です。

自分を楽にしよう。

普段努力しているなら、自分を楽にする声掛けをしてあげることで、能力だけでなく魅力や強みを表に表しきることができます。例えば「今日も頑張らないと(ダメだ)」と声をかけるなら、単に自分を抑え込むことになります。抑え込みながら、外に向かって自分の能力・魅力・強みを発揮できるでしょうか?真逆の力が同時に働いているのですから、ものすごく疲れるのに、能力・魅力・強みはあまり発揮できなくて当然です。

身体から勝手に力が抜けてしまって、身体に力が入らないという意味ではなく、身体にエネルギーが漲って、心には情熱がある状態で、力をすっと抜いてあげるのです。気張るのではなく、気楽にやるのです。この引き算は、以下に書くようなことがあると、うまくできないかもしれません。

まずは「うまくやろう」とすることです。「もうこの仕事は、○年目だからうまくやろう」「部長に期待されているから、うまくやろう」「産休前だから、うまくやろう」「苦手な作業が多いから、この仕事うまくできるかしら?うまくやらないと…」「初めてプロジェクト・リーダーを任されたから、うまくやろう」「初めてでよくわからないけれど、うまくできてるかな?うまくやらないと…」様々なパターンがあるとは思いますが、こんな感じです。

上記の内、「苦手な作業が多いから、この仕事うまくできるかしら?うまくやらないと…」「初めてでよくわからないけれど、うまくできてるかな?うまくやらないと…」は、いわゆる自信がない状態です。その内「苦手な作業が多いから、この仕事うまくできるかしら?うまくやらないと…」については、陰で努力していないのは論外だとして、実際にはその努力でだいぶましになっているのに、自己評価が過去のそれに留まっているだけというケースがあります。実際よりも、自分を低く評価してしまっているのです。その場合は、自己認識のアップデートの仕組みに、テコ入れをすればいいだけです。

上記の内「産休前だから、うまくやろう」「初めてプロジェクト・リーダーを任されたから、うまくやろう」などは、心配にも近いでしょう。こうして心配を積み重ねると、自分から力を奪ってしまうのです。例えば「ベストを尽くそう」とそんな自分に言ってあげたら、見えるものも変わりませんか?

上記の内「もうこの仕事は、○年目だからうまくやろう」「部長に期待されているから、うまくやろう」は、視座が他者に移ってしまっています。冒頭の「今日も頑張らないと(ダメだ)」と同様、飲み込まれた語尾として「そうじゃないとダメだ」が隠れている、自己否定の状態です。○年目なら、部長に期待されるほどなら、むしろ「自分はどうしたいか」に視座があり続けないと、おかしいでしょう。

もうプレゼン本番なら、任されたプロジェクトが走り出したのなら、今日も就業時間になったのなら「今日も楽しもう!」と、心身から余計なこわばりは解きませんか?「緊張するからできない」という言い訳は、単に「表現するほどの自分がない」という勘違いに過ぎないかもしれませんね。

疲れれば、眠れる?

映画『ペイン・アンド・グローリー』、どこかで観たいなぁ!

さて、みなさんは、どんなふうに身体と向き合っていますか? 例えば、眠れないときに「もっと疲れれば眠れるだろう」と考えて、余計に疲れるようにしたりはしていませんか?

上記は、そもそも身体と向き合う気持ちすらないことの表れです。同じ「眠れない」でも、それがどんなものか分解しようとすらせず「面倒くさいから」と、ただでさえ疲れている身体に、平手打ちみたいなことをしています。自分のことを、家畜のように扱っています。

「このやり方が合わないんだ」「この人はないんだよ」のように「さあ、治せ」と言わんばかりの態度、つまり他人には傲慢に振る舞い自分のことは無視する姿勢も、やはり身体をネグレクトしています。「要らない」と、ポンとゴミ箱に放りなげるように、自分を扱っています。

「自分はどうせ治らないから」とどこかで思っているのも、同じです。自然に沸き起こる治癒力を、ぐっと抑えこんでしまいます。

それも、そういう気持ちを持つことで、ホルモンバランスや血流などにに影響を与えては、身体を冷やしたり食べ過ぎたりといった悪癖をうみ、体調を悪化させてしまいます。

そして、こうした身体と対話できない状態には、トラウマが大きく関連しています。

保湿?ストレスケア不足!

メイク周りの情報、そして特に20代のメイク事情をみていると、異様に感じることが増えてきました。そして、全世代(と言っていいと思う!)が、自然治癒力や新陳代謝がゼロであるかのように、やたらと保湿に走っています。朝晩、フェイスパックが必要なんて、異常です!

ストレスは、皮膚の血管を収縮させる。つまり、皮膚の温度を低下させます。そうすると、肌を守る働きをする角質細胞が、未成熟なまま表面に押し出されるから、角質細胞が小さくなってしまいます。そうなると、保湿成分が保たれなくなって、乾燥します。「風邪かも?」とおもうとき大事なことの一つは”Stay hydrated”なわけです。乾燥すれば、細菌やウィルスなどが侵入しやすくなるからですが、皮膚にも同じことが言えます。毎日、角質除去しているなんて、おそろしすぎるわけです。

即ち、保湿に奔走するより、ストレス要因を見極め、それらを減らすという目先のひとつひとつを丁寧に扱う方が、みなさんが必要としていることではないでしょうか?多くの業界は「この製品が合わない」といった「他人のせいにする」思考によって、成長を遂げていますが、そのからくりも、もっと遠くから穏やかに見つめられるようになるでしょう。

「もっときれいになりたい」「せめてこのくらいの美しさは保ちたい」と思うなら「他人のせいにする」流れに乗って「あれも必要!これも大事!」と、いくらお金と時間があっても不十分な感覚を生きる道から足を洗い、自分らしさを思い切り表現する道へとシフトしていきましょう!

清潔だと寛容になる。

多くの方が、感覚や気持ちを排除して、なんとか自分を自分の思い通りに生きることをよしとしています。例えば、疲れていてもとにかく朝5時に起きられるとか、やる気のない日も朝運動してから会社に行くと言ったことです。しかし、それは壮大なあやまりです。

イギリスでの実験ですが、嫌悪を感じる映像を見せた後、半数のグループには石鹸で手を洗ってもらい、半数のグループはそのままにしました。その後、罪を犯した人に対して、どれくらいの罰を与えたいか、それぞれのグループに尋ねると、石鹸で手を洗わないグループメンバーは、石鹸で手を洗ったメンバーより、重い罰を与えたがりました。

つまり、どんなに冷静でいようとしようと、他の要素を加えずに判断したつもりでも、実際には自分の身体の不快感が強ければ、他人に対して懲罰的になるのです。普段から感覚や気持ちを排除していると、自分の身体の不快自体を認識しません。そして、自分は冷静だと、強く思いを込めてしまうのです。自己認識はここまで大きく歪むのです。

簡単に言うと、清潔な人が増えれば(強迫的な意味合いではなく)、懲罰的な人が減ることになります。清潔が気持ちいいと感じるのが、人間のデフォルトだからです。

また、普段から感覚や気持ちを排除していると、自分が不潔であることに気づけないのです。何が不快で何が快感か分からなくなってしまうと、そんなつもりはなくても、他人に対して懲罰的な表現しかできなくなってしまうのです。そして、自分の願った通りの自分として振る舞えているというとんだ勘違いが、当たり前になってしまうのです。

【募集スタート】オンラインWS「表現」(開催期間:8月末まで)

これから、体温以上の高温が二週間以上続くような夏を迎えます。多湿で汗をうまくかけず、腎機能に負担がかかるだけでなく、熱を逃す働きもする呼吸器に大きな負担がかかります。夏の終わりに、身体が萎んだような感覚を味わったことがある方も、いらっしゃるでしょう。

さらに、急な気温差や気圧の変化も加わって、気候による行動の制限・計画変更もかなり生じるため、時季を問わず、心を閉じてスマホなどに潜り込むかのように過ごす人も増えました。腰・肩甲骨・後頭部などは連動して動きますが、その結果、お腹がゆるくなって腰痛もあって背中も凝りを感じたりして、妙に咳が出たり膝も痛かったり、頭もボーッとする経験を、部分的にでも味わい済みの方もいらっしゃるでしょう。

逃げ込みたい気持ちは時に大切ながら、心身共に縮こまっていれば、自分の魅力・能力共に発揮できなくなります。そうなると、コミュニケーションで齟齬が絶えなかったり、自分に「合う」感性のもの・人と、ちょっとズレるもの・人とばかり仲良くなってしまったり、言うべきことを言おうとするとビクビクし、より自信が消えてしまい、打つ手がなくなるほど状況も悪化したりします。

そうではなく、a)地球のこの状況下で心身の不快を感じながらも、その上でそこから心身の状態や置かれた状況を改善し b)臆せず、ジェラシーを向けるでもなく、自分の考えや魅力や強みや思いを、伸び伸び楽しく表現するのが「毎日の当たり前」となるよう、このオンラインワークショップを創りました。

表現は、本来とても楽しいことです。その楽しみを取り戻し、より生活や仕事全般で創造的になっていけると、さらに柔軟性の高い人に生まれ変わっていけます。しなやかな心を育んでいけば、どんな経験も「以前より機能が向上する自分」づくりへの一滴となります。それは、希望の絶えない未来を自分に約束できる安心・安全ともなっていきます。

そして、もっと自由に自分の考えや魅力や強みや思いを表現していくために、ぜひゆるめたいのは肩甲骨です。呼吸器に負担のかかる夏だから時節柄としてもピッタリです。今回は、事前にこのオンラインワークショップに必要なキットをお送りし、それを使いながら「もっと楽しよう!」を合言葉に、肩甲骨がゆるんでしまったり、表現へのハードルがぐっと下がったり、意見を堂々と言うのに気合いも準備も要らなくなる時間を、みなさんにお贈りします。

なお、このワークショップをお受けになるにあたり、内容的につながりがある、つまり土台となる「心の傷」と「ストレス耐性UP」の開催希望も受付けますので、お申込み欄よりご記入ください。窮屈さやつらさがましている、地球環境や人間社会の中で、まるであなただけが通れる道が、自動ドアのようにいつもすっと目の前にひらけるように、どんどん自由に楽になっていきましょう。

~オンラインWS「表現」~

○ 場 所:Skype上

○ 日 時:
– 7月2日(木)13:00~14:30
– 7月2日(木)20:00~21:30
– 7月9日(木)10:30~12:00
– 7月18日(土)20:00~21:30
– 希望日時(~8/31)を提案する

○ 対 象:~ 一つでも該当する方〜

□ もっと魅力的になりたい
□ 評価こわさに、表現が滞る
□ 美容院で希望が伝わりづらい
□ 自分を縛る勘違いと決別したい
□ 服や靴選びをプロに任せたい
□ パソコンを使う時間が長い
□ うまくやろうと緊張しがちだ
□ 力の抜き方を身につけたい
□ 怯えず臆せず、意見をいいたい
□ できてるかなと力が入りがちだ
□ 忙しくても、余裕を持ちたい
□ 自分らしさを堂々と表現したい
□ レジリエンスを高めたい
□ 物事に対応する幅を広げたい
□ 対応するスピードを上げたい
□ 何事も楽しめる自分になりたい
□ 肩甲骨が緩む感覚を経験したい
□ メイクがあまり楽しくない
□ うつくしい毎日を生きたい
□ 自分の新しい面を知りたい
□ 人生はより良くなると思いたい

○ 参加費:13,200円(税込)

○ 〆 切:7月14日(火)夜21:00
◎ お申込み:https://is.gd/DJADUv

~ ご協力お願い申し上げます ~

治療を要する方・ 喫煙常習者・飲酒常習者は、ご利用頂けません。ご自身の状態からお申込みを迷う方は、電話番号と共に詳しい症状を添え、気軽にご連絡ください。ギフト利用の際は、守秘義務に同意したものとみなします。幼児や動物のいる方は、静かな環境作りにご配慮下さい。お申込み後のキャンセルは一切承らず、参加費が発生するものの、8月31日までを対象に、日程変更は承ります。祝日も開催できます。

今回も、普段のコーチングやFAPから漏れる部分を扱っています。クライアントさんもぜひいらして下さい!

気持ちいい夏にしよう!

今回は、梅が室内で完熟していくいい匂いに深呼吸して暮らした後だったので、梅を皮切りに、生活に薬膳(中医学)の考え方を取り入れていくとどうなるかについて、お話しました。

平熱以上の気温になる日が何週間もある今は「旬のものを食べよう!」だと、ざっくりしすぎていてとても自己管理できているとは、呼べません。

もっとも都市では、旬かどうかもわからず「夏はアイスコーヒー」といったイメージにまみれて、現実からはなれていっている人が多数いるため、そういう方は「旬のものを食べよう!」から始めてもいいでしょう。

気温の変化も年々激しくなる中、小さな違いを理解できないことは、いのちとりになっていきます。楽しい夏を過ごすtipsをお話しましたので、よかったらお耳傾けてみて下さい!

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カサンドラ症候群

今日は、夏至で部分日食ですね!

さて、1997年、ASDの中でもアスペルガー症候群にあたる方の配偶者や家族など親しい人の中にみられる、アスペルガー症候群にあたる方に話が通じず孤立し自責的になる状態が、カサンドラ症候群症候群として注目されるようになりました。

そして2000年には、上記の「話が通じず孤立し自責的になる状態」が、進行中の心的外傷体験に関連していると、みなされるようになりました。

毎日少しずつ確実に進行していく、心的外傷体験の積み重ねは、あまりに壮絶な体験です。が、その一つ一つが津波のような強烈さを持たないため、専門家相手でないとなかなか理解してもらえない現状が広がっています。しかし、自分の評価・時間が根底から揺らぐ危機的な状態が、カサンドラ症候群です。

アスベルガーを含むASDは、その脳の特性や、ゆえに経験されてゆく二次障害を理由とし、一般に穏やかな人に見えてしまうことがあります。そうすると、例えば父親が大きな声を出す人だった女性にとって、穏やかに見える男性と言うだけで、理想的な男性に見えてしまうことがあります。その女性が、自分のそうした相手にすがりつかせる思いの根を見ようとしない限り、相手を理想と位置づけ続けるために、自責の傾向は強まってしまうのです。(一例に過ぎません。ASDの女性もいますし、暴力的な父親のもとで育った全ての人が、こうした傾向を持つわけでもありません)

こうしたことの根は、やはり自分の寂しさや恐れをきちんと見れるところから始まるのではないでしょうか? つまり、内省できないで反省ばかりしていると、それが自らを死に追いやる展開もあり得るということです。

うつ病で入院まで行かなくても、カサンドラ症候群の方はかなりいらっしゃいます。(もちろん、男性にもいます) どうぞ、ご自身がカサンドラ症候群でないかと言う視点でいちどご自身を省みてはいかがでしょうか?

外肋間筋

メルマガでお伝えしていた、浅い話シリーズの続きを、こちらでも少しします。

外肋間筋は、その字面から呼吸筋の1つだと想像がつくでしょう。外肋間筋(肋骨同士をつなげる筋肉の総称)は収縮すると、肋骨が持ち上がり胸郭が広がる、つまり胸を膨らませ(=喜び)、息を吸えます。

ちなみに、逆の働きをするのは内肋間筋です。内肋間筋は、肋骨を下げることで、息を吐き出せるようにしてくれます。

さて、どんな時に外肋間筋の動きが悪くなりそうでしょうか?極端な話、胸を張って生きている時と猫背で生きている時の二択ならどちらでしょうか? あるいは、リラックスしている時とストレスフルな時の二択なら、どちらでしょうか?

外肋間筋の働きが悪くなると、胸郭があまり広がらなくなる、つまり喜びに満ちた状態ではない(=胸を膨らませない)のは、上記の二択だとそれぞれどちらでしょうか?

そう、ストレスフルだったり、猫背の時に外肋間筋の働きは悪くなります。またもともと肩の位置が内側にある方も、外肋間筋の働きが悪くなりやすいでしょう。

そして、そのドミノ倒しの先に、股関節の痛みが生まれたりします。股関節に痛みがあるからと股関節や足や骨盤だけフォーカスしても、痛みが解消されなくて当然なのです。そして、胸を張って堂々といき、胸を膨らませて喜びを生きていれば、股関節に痛みが生じづらいのは間違いないでしょう。

野草が楽しい今年

世界で起きていることの一部ですが、ぜひ読んでください。

さて、昨年までは、色々片付いた午後〜夕方に歩く日が多かったのですが、今年に入り、午前中歩く日が増えました。そうしたら、午後には閉じていて見ることのなかった野草とたくさん出会うことになったんです。地面には色とりどりの野草が咲き、嘘偽りなくお花畑で「こんな世界があったとは!」と、驚きました。

しばらくは、そのまるで天国な風景にうっとりしていましたが、そのうちそれぞれの花の名前や性質を知りたくなりました。知ると近づける感じがしませんか?本を何冊か確認したら、それぞれの花の名や性質以外にも、例えばこんなことがわかりました。

・クチナシの花は乾燥させて、花茶に
・漆かぶれには、栗の葉を煮だしたもの
・ごぼうの種の粉末/サンシュユは、漢方薬
・紫蘇が日本に入った当初は、灯火用の油として使われた
・江戸期に出回った西瓜は今と違う種で、まずくて人気がなかった

『本朝食鑑』(1967)に「黒胡麻は腎に作用し、白胡麻は肺に作用する」とあったことも知ったので、白ゴマも常備しておくことにします。

そして、昔の人はくさいトイレにドクダミをつるしておくと、数日後にはトイレの匂いもドクダミの匂いも消えるという、素晴らしいことをしていたそうです。小さい時に「ドクダミは臭くて大変だから、触っちゃダメ」と言われていたので、ドクダミに触れたことはありませんでしたが、天然の消臭剤だったドクダミを、これから実際に試してみようと思います!

みなさんは、身近にあるどんな存在に目を奪われて、新しい世界への扉を開いてもらっていますか?

トラウマ後の機能向上

こちらに書いてありますが、トラウマという概念は、19世紀以降、鉄道の発達と共に確立しました。そして、1990年代からは、トラウマからの回復後、むしろその人の以前のレベルを上回り、機能していくケースが、約半数にのぼることも、わかってきました。

トラウマというと、多くの方が「まぁ、そんなかわいそうな人がいるのね」と、自分に関係ないそぶりをしますが、これはほぼ全員が持つものです。交通を代表とし、産業の発達がもたらした便利さと呼ばれるものは、こうした副産物をたくさんわたしたちに届けたのです。

しかし、トラウマからの回復後に、上述したように「むしろ以前のレベルを上回って、その人が機能していく」ケースがあるとすると、皆さんはどう思われるでしょうか?人間として深みを増すといった、ふわっとした状態を超え、機能レベル自体があがるという指摘を、どう受け止めますか?

そして、そうしたケースもそうでないケースも含めて、トラウマとは皆さんのリソースであることを、改めて強調しておきたいと思います。

初めてのアフリカ文学

時々、中南米やアフリカなど、行ったことのない地の文化に、矢印がくぃっとむきます。

今回、わたしにとって、クレオールでないアフリカ文学としては初めてかもしれない、ナイジェリアの作家の本を読みました。

災厄の多いエリアは、あやまった理が良かれという思いのもと、せっせと継承されていることが多いのですが、この小説では勇気の履き違えの形で、その幾つかをあらわすことで、正しい理が浮き彫りになるように、描かれていました。

いわば、暗黙の了解として合法化された家族の誰かによる殺人も、無意識レベルで共有されてしまうという真実は、以下のようにあらわされています。

「夜にひとりで歩いていて、道すがら悪霊とすれ違ったときのように、漠然とした恐怖が襲いかかり、頭が膨れ上がる感じがした。その瞬間、心の中でなにかが壊れてしまった。」(『崩れゆく絆』アチェベ著、光文社古典新訳文庫、p103)

また、呪術のような広義での宗教に拠ってきたからこそ、新しい宗教に足元を掬われる様子も描かれています。現代においては、芸能の形で同じようなことが起きていきますよね。より異文化にフォーカスしてこの本を読むなら、男型の罪/女型の罪という考え方などは、面白くも映るのでしょうか?いずれにせよあまりに違い過ぎて、全く共感できないところが「わざわざ読んだかいがあって」良かったです。

全く共感できない者同士がたくさん住んでいるこの星で、平和を願うのならば、安易に類似点を探して目を曇らせるのではなく、あまりにも違い過ぎることをちゃんと経験していくことが、要になると思うからです。

柔軟さを育てる

大人の発達障害が増えています。特に、ASD(自閉症スペクトラム障害)は、その詳細を問わずコンサルタントに多く見られます。ASDの脳は「見通しが持てれば、不安が消える」「人の言葉を真に受け、暗黙の了解や相手の意図に沿った文脈や言外に示されていることは、受け取れない」「愛情がある人を信頼するのではなく、自分の予想通りに動いてくれる人を信頼する」といった、特徴を持ちます。

子供の場合なら、自律スキルやソーシャルスキルをトレーニングしながら、定期的に精神科医や臨床心理士と会っていくことで「臨機応変な人間関係は苦手だけれど、協調しようという気持ちはある」といった状態まで生んでいける、つまり診断名が消えていくような状態にまで持っていけることが、わかっています。

しかし「いい親として認められたい」自己愛の強い親だと、「あなたのお子さんは発達障害かもしれない」と言われて、責められたように感じるという、おかしな反応をしたりします。そして、子供が柔軟に社会生活を送っていける機会を、奪ってしまうのです。

また、ASDでなくとも、自律スキルやソーシャルスキルに欠けた大人は大勢います。自律スキルは、できないことを無理しないという危機管理能力を含みますし、またできることを意欲的にこなしていくというサボらない姿勢も含んでいます。ソーシャルスキルは、最低限のルールを守る他に、できないと思ったら他者に同調してなんとなく乗り切るのではなく、誰かに相談できる力を含んでいます。つまり、自律スキルとソーシャルスキルは「どんなに失敗しても折れずに、試行錯誤を続けられる」という心の柔軟性を生んでいくものなのです。

そこに注目すると「わたしは発達障害じゃないから」「うちの子は発達障害なんかじゃない」というジャッジやこだわりからは得られない、豊かな世界があなたが発達障害であれそうでないのであれ、あなたを潤してくれるでしょう。