力になれない辛さから、ちゃらんぽらんに生きる。

カンヌのパルムドール他、絶賛を浴びている『パラサイト 半地下の家族』を待っていましたが、まだ映画館で上映中なんですね。なぜか、みんなが新コロの第二波をなくそうとするのではなく、絶対に来るという妙な「信仰」のもと(つまり、虫の知らせや科学的な予測ではない)動いている中、わざわざクーラーもきき過ぎているだろう映画館まで出向く気には、なれませんでした。

ただ、お隣韓国のことをあまりにもしらない自分のことを、不自然に感じてきたことは、大事にしたいと思ったんです。20代など、コスメや「おしゃれ」の基準など、韓国が身近な暮らしをしている人も多いでしょう。

そこで、韓国国内で評価が高かったらしい、実話を基にした『タクシー運転手-~約束は海を越えて~』(2018)を、見てみました。どの国で起きる事件と同様、この映画で扱う光州事件(1980年)も、未だに多くの方の現在に息づくことのようです。日本での1980年は、「ぶりっ子」の言葉が生まれた年だそうです。

完全に統制され情報が漏れない中で未来を見失わずに闘い続ける人たちと、だからこそ、それを一切知らされていない近場との間にある異常なギャップは、この映画を観ているだけで、十分すぎるくらい経験できます。そして、いのちを賭けて、その情報が表に出るように、つないでいく人たちの姿は、わたしたちが普段こんな姿勢で、誰かの一言を聞いたり、自分で話したりしているかという問いも、与えてくれるでしょう。

映画ならではのひと匙かもしれませんが、劇中のタクシー運転手は、大切な家族の力になれなかった辛さから、視野を狭くして、ある意味ちゃらんぽらんにも見えるように生きています。しかし、お金につられ他人のお客さんをかっさらう形で、ジャーナリストをタクシーに乗せたがために、情報統制のせいで届かなかった現実を目の当たりにすることとなり、それにより、自分の人生から逃げることを止めます。つまり、自分の力を取り戻すのです。だから、ラストでジャーナリストに「こちらこそ感謝だ」という行がでてくるのです。

内省ができる応用力のある方なら、今この映画を観ることで、今どの国の住人だったとしても、自分の未来をまもっていける選択をするための材料を手に入れられるでしょう。その点から、この映画はオススメできます。昨今は、子供の面倒をみているつもりで、単に子供を盾にして逃げ込んでるだけという「自分の人生から逃げる」人や、自分のパートナーの問題を直視できずに関係を続けるという「自分の人生から逃げる」人も増えました。そんな方にとっては、内側の力を呼び起こしてもらえる着火剤になるかもしれません。

劇中、登場した国名が、韓国・日本・ドイツ・アメリカであったことも、非常に興味深かったです。