自分を楽にしよう。

普段努力しているなら、自分を楽にする声掛けをしてあげることで、能力だけでなく魅力や強みを表に表しきることができます。例えば「今日も頑張らないと(ダメだ)」と声をかけるなら、単に自分を抑え込むことになります。抑え込みながら、外に向かって自分の能力・魅力・強みを発揮できるでしょうか?真逆の力が同時に働いているのですから、ものすごく疲れるのに、能力・魅力・強みはあまり発揮できなくて当然です。

身体から勝手に力が抜けてしまって、身体に力が入らないという意味ではなく、身体にエネルギーが漲って、心には情熱がある状態で、力をすっと抜いてあげるのです。気張るのではなく、気楽にやるのです。この引き算は、以下に書くようなことがあると、うまくできないかもしれません。

まずは「うまくやろう」とすることです。「もうこの仕事は、○年目だからうまくやろう」「部長に期待されているから、うまくやろう」「産休前だから、うまくやろう」「苦手な作業が多いから、この仕事うまくできるかしら?うまくやらないと…」「初めてプロジェクト・リーダーを任されたから、うまくやろう」「初めてでよくわからないけれど、うまくできてるかな?うまくやらないと…」様々なパターンがあるとは思いますが、こんな感じです。

上記の内、「苦手な作業が多いから、この仕事うまくできるかしら?うまくやらないと…」「初めてでよくわからないけれど、うまくできてるかな?うまくやらないと…」は、いわゆる自信がない状態です。その内「苦手な作業が多いから、この仕事うまくできるかしら?うまくやらないと…」については、陰で努力していないのは論外だとして、実際にはその努力でだいぶましになっているのに、自己評価が過去のそれに留まっているだけというケースがあります。実際よりも、自分を低く評価してしまっているのです。その場合は、自己認識のアップデートの仕組みに、テコ入れをすればいいだけです。

上記の内「産休前だから、うまくやろう」「初めてプロジェクト・リーダーを任されたから、うまくやろう」などは、心配にも近いでしょう。こうして心配を積み重ねると、自分から力を奪ってしまうのです。例えば「ベストを尽くそう」とそんな自分に言ってあげたら、見えるものも変わりませんか?

上記の内「もうこの仕事は、○年目だからうまくやろう」「部長に期待されているから、うまくやろう」は、視座が他者に移ってしまっています。冒頭の「今日も頑張らないと(ダメだ)」と同様、飲み込まれた語尾として「そうじゃないとダメだ」が隠れている、自己否定の状態です。○年目なら、部長に期待されるほどなら、むしろ「自分はどうしたいか」に視座があり続けないと、おかしいでしょう。

もうプレゼン本番なら、任されたプロジェクトが走り出したのなら、今日も就業時間になったのなら「今日も楽しもう!」と、心身から余計なこわばりは解きませんか?「緊張するからできない」という言い訳は、単に「表現するほどの自分がない」という勘違いに過ぎないかもしれませんね。