ごまかすから孤立する

理解していないことに気づかずに済んで、だから自分はうまくいっていると思い込めるものを「好き」と認定していませんか?例えば、化粧品を選ぶときに「ビタミンC」とあって、もうそれでいい感じがします。どう作用するかの詳細は、理解していません。でもたまたま、その製品が本当に良かったとします。そうすると、自分が肯定された感じがします。だから「好き」というのです。

一方で、自分が理解していなかったから、良さそうだという思い込みで選んだだけだと露呈すると、その商品を悪く言っていませんか?自分が貶められた感じがして「嫌」だからです。でもこれは、自分の妄想の世界の中で起きていることで、現実に起きていることではありません。

この延長が「香りがいいから好き」です。「このシャンプー香りがいいから好き」のように、目的から逸れてしまっているのです。シャンプーの果たすべき役割の第一は、香りのよさではありません。が、みんな「どのシャンプーがどう髪や地肌に作用しているか」を感じることができないために、それがわからないことを覆い隠してくれる「ボトルがかわいい」「香りがいい」に飛びついています。そうやって、第一義的な役割を果たさないシャンプーが、量産されていくのです。

自分の嫌なところを覆い隠せるものを望むほど、実際には不潔に不健康になっていきます。いい香りが何かをわからない人たちがいい香りだと認定する柔軟剤が、実際には汚れを内包して強烈な臭い匂いを放っていくのと同じです。「自分の感覚が鈍って、狂っている」「わからないことをごまかせると安心するほど、自分は嘘に慣れっこだ」という現在地を認めていけないと、残念ながら現実は余計にひどくなるばかり、それに気づかぬのは自分ばかりと孤立していきます。

「自分はいい感じだ」と安心しているつもりの塗り重ねが、どれだけ自分を孤立へと確実に導いているか、内省できて認められると、打つ手のなかった現実に打つ手がたくさん戻ってきます。