エールを送っちゃう顛末

「こんなに頑張っているのに!」と思うのは、それだけ自分の望みを知りえていない(「これが望み」と思い込んでいるものがあるけど、それじゃない/思い込みに支配されている)からだったりします。

それは、その人が頑張ることでえられる何かをとても「信仰」していて、得た何かが何なのか、実体を確認してこなかった足跡を含みます。あるいは、意識と無意識のバランスが崩れていて、意識が強すぎる状態にあること、つまり「助けて!」という叫びを見せてくれます。

がんばることが逆効果になることは、よくあります。「正しい/間違っている」というジャッジの往復で、美しさを見逃してしまうから、リソースをリソースとしない行動が続いてしまいます。そうすると「わたしにはできない」という感覚も生まれやすくなります。「こんなに頑張っているのに!」の後には「できない」がセットでついてくるのが、定番な印象を受けますが、いかがでしょうか?

でも「できない」と思う時、それはそれを「できる」人に力を与えていますよね?自分ができないことができる人は、実体よりもすごく見えがちです。そんな風に、エールを送ることが「できている」わけですよね?

思い込みに支配されていると、美しさを見逃しつつ、周りにエールを送ることになりながら、「助けて!」と絶叫するような感覚が身体のどこかに宿るのは、定番のシナリオです。