善悪は相対的なもの

正しい/間違っているにとらわれる毎日を送っている人は、人間社会において、善悪の絶対的な基準があると考えているようなんです。

しかし、それこそ個人的でない裁きとして存在する裁判などをみると、法をどう解釈するかで、裁きは変わります。つまり、この社会では善悪は相対化されていると言えるでしょう。だからこそ、グレーゾーンも生まれます。

絶対的な善悪があると考えてしまうと、排除されるべきものがあると言う発想も生まれます。つまり、ゆるすことが存在しなくなります。だから、悪を受容しようという考えも生んでしまいます。

絶対的な善悪があると「信仰」すれば、この世に戦争がとどまる時間は長くなります。一方で、善悪が相対的なものだとその存在の仕方を認めれば、悪はゆるされることがあろうとも、受容されることがなくなります。そして、感謝が流通しやすくなり、感謝の価値も正当なものになっていくでしょう。