雲海

わが家の辺りは、よく雲海が出ます。さらに、ベランダまで霧に埋もれて、窓を開けようとして家が浮いている感覚にギョッとしたこともあります。電車に乗っていても、ホームが完全に霧に埋もれていたことがあって、雲海や霧は、日常のものです。

そんな日常に雲海(や霧)が存在している身からすると、東京のお高いホテルで雲海サービスがはじまっている(庭に霧を発生させて、送風するらしい)ことは、ひどく滑稽に思えるのです。きれいだと思う気持ちは、ある程度わかります。(あるところからは、怖くなりますよ!)

しかし、日常に雲海があるということはそれだけ湿度が高く、そういう環境に合う生き物が一緒についてくるということで、そこには皆さんの嫌いな生き物も当然含まれます。でも、そうしたものを省いて、美しいと思えるところだけを切り取って持ち込もうとする姿勢が、あまりにも全体性をいきていない不自然な姿であるゆえ、滑稽に見えるのです。

朝10時頃まで、すぐ下の道も見えないほど霧が濃い日もあって、雲海もとんでもなく低いところにあったりすると、もうどっちがどっちかわかりません。だって、どちらも、水分です。。。でもこの感覚は、東京のホテルで雲海もどきを眺める人には、生じえないでしょう。部分しか切り取ってないからです。

こうした部分を切り取って持ち運ぶ姿勢は、昔からありました。非常によくあることです。しかし、だからこそいい加減、その不自然さに心身をひらけない私たちは、本当にどうかしてしまっています。