まさにそれと点を捉える感覚

電池チェッカーが新しく仲間入りしました。これで、ボタン電池の残量もチェックできます。

さて、多くの方が使う「正しい」という言葉は、理にかなうという意味(つまり、全体性の一部)でなく、「まさにそれ」と点を捉えるような感覚で、使われています。全体の文脈を理解していないことに気づかぬまま、一点だけを捉えようとして、そこにすがって体重をかけるような感じが伝わってきます。体重をかけてしまうから、実はそうすることで全体の流れを止めてしまうのです。願いと逆の結果を生む行為に気づきもせず、その繰り返しがやがて大きなトラブルを呼んで、強制的に気づかざるを得ない展開へと、あなたを招待することになるでしょう。

多くの方が求める愛は「まさにそれ」と点を捉えるような感覚では、到底触れられないものです。そこには、マルチビタミンのように、さまざまなことが同時に含まれています。そして、必ず個人を超えたところで生まれてくるので、全体にそってうまれていきます。つまり、近づきたくてもあるところからは近づけない相手(例:結婚したくても、相手は独身のままNOを言い続ける)や、遠ざかりたくてもあるところからは遠ざかれない相手(例:望まないのに縁を感じざるを得ないようなことが起き続け、それが常に自分の意に添わない)も出てきます。恋や結婚を考えるなら、このことに頭を垂れるほかありません。

また、多くの方が好む創造的であることは「やはりまさにそれ」と点を捉え流れを止める感覚では、決して生まれていきません。創造は常に瞬間に存在するのに、その種の正しさには一時停止の状態しか存在しないからです。明日に続きます。