庇い合う裏に

心に傷があると、痛みを感じないように、心を通さないという自分を貶める時が流れていきます。「それは正しいのか?まちがっているのか?」にいって「ふぅー正しかった。セーフ」と思って、隠れ家にいるような安心感(安心ではない)を味わうのもつかの間「これはまちがっているのか?」と次に対処しようとします。常に怯えていて「こんなにこわいのだから、不安なのだから、庇ってほしい」という気持ちを強く抱えて、震えています。

この態度は、全体をつらぬく理を生きる態度・理自体を進化させる態度の真逆です。この態度で、真実を追求できることは一切ありません。

ジャッジをリファーするのでなく、自分の気持ちそして相手の気持ちをリファーするのです。気持ちがわからない人は、まず身体感覚を丁寧に拾う練習から始めていくのです。例えば不安な時とショックな時の、身体の状態の違いを知って、そこから「今自分は不安なのではなく、ショックなのだな」と、自分を認識する回路を生んでいきます。心を通さない人は、ご自身のことも無自覚にだましていますから、気持ちの掴みようがない状態にあるため、これが一番早くて確実な方法です。

こうしたハートを通さない態度は、相手を怯えさせますが、そうした自分のインパクトにも全く気づきようがないため、心を通さない仕組みを変えない限り、健全にリーダーシップを発揮することや、健全な教育者になることは、不可能なんです。自分がハラスメントを起こしていることにも、無自覚です。自分の痛みを見ない人が、人から信頼されることはないんです。庇い合いは、あくまでも自分しか見ていない閉じた行為なのです。相手を見ずにできる行為が、愛であるわけがありません。

貧乏な人とは、いくらあっても満足しない人のこと。

国単位でみても、グローバル化がいかに分断を進めたかを、新型コロナウィルスは見せてくれました。個人単位でも、深い分断は買い占め行為などにあらわれています。それは、心の貧しさであり、心に深く刻まれた傷でもあります。

以下は、2012年7月22日の記事ですが、デマだと言われても、買い占めて転売する動きが今後も品を変えて続きそうですから、改めて読んでいただきたく、こちらに掲載します。

リオ会議で、世界で最も「貧乏」な大統領と言われる、ウルグアイ大統領である、ムヒカ大統領がおこなった演説が、「リーダー」に関心をよせるみなさんの心に、響いているようです。

複数の人から、シェアして頂いた日本語訳を、ブログをご覧のみなさんとも、分かち合います。

ムヒカ大統領のリオ会議スピーチ:(訳:打村明)

会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。

ここに招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って演説した快きプレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。

しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?

質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。

息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億~80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?

なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?

マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。

私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?

このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?

このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。

現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。

ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。

このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売っては行けない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。これはまぎれも無く政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。

石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。私の謙虚な考え方では、これは政治問題です。

昔の賢明な方々、エピクレオ、セネカやアイマラ民族までこんなことを言っています

「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」

これはこの議論にとって文化的なキーポイントだと思います。

国の代表者としてリオ会議の決議や会合をそういう気持ちで参加しています。私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。

根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということ。

私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、1300万頭の世界でもっとも美味しい牛が私の国にはあります。ヤギも800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。

私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために戦いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。なぜか?バイク、車、などのリポ払いやローンを支払わないといけないのです。毎月2倍働き、ローンを払って行ったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。

そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。

幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。

ありがとうございました。     (引用元はこちら

日本の首相が、このような演説をする日が、すぐそこでありますように。

タイル表示のブックマーク

なんて、すばらしいのでしょうか!イタリアのみなさんの自分を奮い立たせる姿!うつくしい!日本は抑圧の動きが強いけれど、わたしたちはもっと不安も恐怖も感じていいのです。だって、その先にこんな風に美しくともに立ち上がっていく力へと変換できるから。その変換力こそ、人間のすばらしさの一部だから。

さて、昨年、ブラウザをOperaに変えたことで、ブックマークをタイル表示にする選択肢が生まれました。わざわざブックマークボタンを押さなくても、最初に立ち上げたページに、ずらっとブックマークがタイル状に並ぶようにできるのです。

それまでは、ブックマークボタンを押して登録していたので、ブックマーク一覧を開かない日もありました。また、テキスト表示でしたから、新聞の飛ばし読みのような感覚で、もう不要なものも削除するのではなく、飛ばし読みしてそのままブックマーク一覧を閉じてしまいがちでした。

ところが、タイル表示だと画像付きで存在感があるので、不要なものはどうしてもその場で削除したくなるから、整理整頓の頻度がぐんと高まりました。小さなことですが、これが日々に大切なことを残す精度をあげてくれます。

今週は、こうしたデジタルの模様替えや動線確認もはじめて、心を軽く透き通らせませんか?

不思議なバケツとラップ

一月から、地球環境がさらに悪くなって、近隣の穢れも増したなぁと思って、外で運動する回数を、原則として(以前の)3日に1度に戻しました。その分、お天気が良かったり空気のいい日にあたったら、2時間半くらい歩く日もあるような感じで、調整しています。

さらに、上記の変更で筋肉が減らないよう、食生活の面ではメルマガに書いた物なども取り入れ、より自分の健康を維持できる食事へと、調整を重ねています。その展開の中で、先月末には味噌を仕込みましたが、その過程で二つのすてきなものに出会いました。

まずは、不思議なバケツです。同機能を持つもの、がいくつかのメーカーから出ています。「いつか」と狙っていたことを今回思い出し、今年は不思議なバケツに味噌を仕込んでいます。二ヵ月で味噌が出来上がるそうなので、楽しみです。ゴミ問題や災害時にも活躍するバケツです。

そして、不思議なラップです。ラップはシリコンラップも併用しつつ、やはりラップそのものが必要な時があります。(避難グッズにも、ラップは入れておきましょう!)味噌も上にラップしてから重しをのせるのですが、長時間同じラップがかかるので、無添加のものがいいなと思っていました。さらに、しょっちゅう買い物に出かけないわが家に必要な機能である「包んでおいた物の鮮度を保つ」も備えていました。このラップを使うと、バナナなど持ちがよくなります。

手に入りやすいラップよりも、くっつきづらいのですが「お皿にぴたっとくっついたりするのは添加物のせい」と知っておけば、くっつきづらい度に「だから安全」と思えませんか?

世の中には、いい動きもまだまだたくさんあるんですよ。

 

冒険に出かけよう。

心を通わすことが、コミュニケーションの基本です。言語能力というのは、その支えになるものの、コミュニケーションのごくわずかしか占めません。わたしたちは、心が通い合ったかどうかを、ノンバーバルで確認できますから、バーバル(言語)は原則として不要なのです。

しかし、ジャッジが当たり前で正しさやあやまちに怯えて暮らしている状態にあると、言語獲得に精を出します。しかし、言語獲得後に、その人が世界に出ていくことはありません。冒険はできないのです。

それは、冒険にこそ、やはり心を通わすことが必要だからです。言葉で正しいことを言われることは、わたしたちを信頼や誠実さへは導きません。話しやすさや愛嬌と呼ばれるような態度は、すべてノンバーバルです。気持ちの受け取りあいのかわりに、ジャッジをするなら、相手を脅かすだけなのです。

この春は冒険したいな!と思うなら、まずは自分の気持ちを知れるようになりましょう。

タケコプターと車内放送

初回無料キャンペーン終了まで、三週間を切ったFAPですが、セッション中は指を触っていただきつつ、あるフレーズを繰り返してもらったりします。

そうすると、耳だけで次にすることを判別することになるので、指を触って欲しいときには、トーンを変えて伝えるようにしています。

例えば「タケコプター」のトーンで「薬指」と伝えたり、「(次は)品川」のトーンで「中指」と伝えたりしています。どちらもちゃんと注意を促すシーンに属するトーンで、よくできてるなぁと感心します。

こんな舞台裏の話をしたら、先日FAPを受けた方が爆笑されていました。トラウマ治療は楽しむことから遠い印象かもしれませんが、実際にはかなり笑ってやっています。免疫力も上がるので、笑うことは大切にしています。

かなりエンターテインメント度の高い、ちっとも怖くないトラウマ治療に、免疫力UPも兼ねて、ぜひいらしてみませんか?

心を通わせていますか?

心に深く傷を負うと、ハートを通さなくなります。自堕落になってしまうのです。

ハートを通して自分の気持ちや相手の気持ちを知る代わりに、「正しい」「まちがっている」とジャッジし、自分の思う正しさに沿って行こうとします。これは、真実を追求する態度とは真逆です。

そうやって、ハートを通さない、すなわち心を閉じた時期を長く経験すると、高血圧や心疾患はもちろん、ホルモンバランスなど体内のシステムが崩れていき、多くの深刻な疾患を招いていきます。その手前が、いわゆる不定愁訴です。

心を通さないから、不定愁訴の自分を憐れみます。自己憐憫に走るから、自堕落という自分の状態の改善にはいたらないのです。そして、この悪循環からは、抜けることができます。

脳内の空き容量を増やす

「緊急×重要」の「重要」は大抵、①中長期的 ②ゆえに習慣化が大切 なものでしょう。逆に言うと、習慣化して組み込んでしまえたなら、もう「重要」は考えなくていいことになります。そうすると、脳内の空き容量も増やせます。何より、「今日」ベースでは、緊急順に片づけていけばいいことになるので、シンプルです。

もし、人生の目的のような「重要」をちっとも考えていないし、追ったことがないなら、あなたは、習慣化すべきことが習慣化されていない人生を送っています。同時に、どんなことが習慣化されているのでしょうか?おそらく「不安と直面しないためのこと」「だるさを感じずに済むようなこと」が、習慣化されてしまっているでしょう。例えば、カフェインを取るだけで、これはある程度可能になってしまいます。

「重要」なことこそ、毎日の中で脈打つのが、健康に暮らす人の人生です。2011年の今日起こったことから、何を学びきったかも重要ですね。

溢れる洋服

これだけ中古市場が発展しているのに、国内だけでも、毎年作られる新品の服の半数が廃棄されるそうです。「ブランド価値」をまもりたいからと、ブランドの服を廃棄しゴミ処理場でもえたところまて見届ける専門業者まで存在します。

実(本来の価値)ではない虚をまもろうとするから、複雑なプロセスや余分なコストや汚染がうまれていきます。

さて、洋服が溢れている人をみると、ナンバー2やナンバー3の服を買っています。そうすると少しずつ不満が残るから、逆に捨てられなくなってしまい、蜘蛛の巣にひっかかったチョウのように、身動きを封じられます。

洋服が溢れるとは、内的な混乱をあらわしています。つまり、心に傷があるのです。性的トラウマや愛着障害との関係も、深いのです。誰にも気づいてもらえぬまま、精神疾患を抱える人も少なくありません。

自分にとってナンバー1の服を選び切り、自分にとってナンバー1の服を身につけるようにしてみませんか?

【募集スタート】オンラインWS「心の傷」

新型コロナウィルスは、心に傷を抱えた人間の多さを、見せてくれています。

わたしたちは心に傷があると、起きていることに飲み込まれます。自分を見失い未来に泥を塗ってしまうのです。

心の傷から回復すると、未来をいつでも白紙に戻せます。自分を見失わないから覚悟や決意のような「無理」も欲しません。「そういえば」という感覚で、未来をどんどん変えていくことができます。

心の傷を癒す選択は、わたしたちの家である地球と人間社会をよくする、原動力です。また、これから続く災害に耐えうるあなたも創造します。すべてが明るくなる方へと、一歩踏み出しませんか?

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オンラインWS「心の傷」

○ 場 所:Skype  ※有線LAN接続推奨
○ 日 時:~ いずれかをお選び下さい ~

  1.  ご希望の日時(~9月末)を提案 (追記日時:2020/3/31)

○ 対 象:~ 一つでも当てはまる方 ~

    • □ 気を紛らわす必要がある
      □ 人をやり込めたくなる
      □ 不自由より安全をとる
      □ 孤立がこわい
      □ 友達の作り方がわからない
      □ 正しくすれば安全だと思う
      □ 適応が下がった時期がある
      □ 嫌だと思っても改善しない
      □ 「考え過ぎだ」と言われる
      □ 産後、早い復職に救われた
      □ 信頼されたくてがんばる
      □ ソワソワすることがある
      □ オロオロすることがある
      □ 当初の目的を忘れがちだ
      □ もっと冒険したい
      □ もっと自由になりたい
      □ 明るい未来を創造したい
      □ 安心できる日常がほしい

○ 参加費:12,000円(税込)※新型コロナで奮闘中の医療従事者限定

○ 〆 切: 随時対応 ※新型コロナで奮闘中の医療従事者限定
◎ お申込み:https://wp.me/p2ZjtS-eNk

~ ご協力お願い申し上げます ~

治療が必要な方・ 喫煙常習者・飲酒常習者は、ご利用頂けません。ご自身の状態からお申込みを迷う方は、電話番号と共に詳しい症状を添え、気軽にご連絡ください。ギフト利用の際は、守秘義務に同意したものとみなします。幼児や動物のいる方は、静かな環境作りにご配慮下さい。お申込み後のキャンセルは一切承らず、参加費が発生するものの、9月末までを対象に、日程変更は承ります。G.W.中や祝日も開催できます。

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今回もクライアントさんもぜひいらして下さい。コーチングでもFAPでも網羅できない部分を取り扱います。本来の澄んだあなたで、冷静に危機管理と適切な準備を続ける姿勢は、ご家族や社員など大切な人達も安心させてくれるでしょう。

次へ解放してくれるものを身に纏おう

外見もすごく大切で、何をまとうかであなたの人生の自由度も調整できます。いつも同じ色・似たようなデザイン・同じブランドだと、あなたの動ける範囲もいつしか狭まっていくでしょう。

今フィットするものも、ワードローブには必要です。同時に、自分がいきたい次のステージへと自分を解放してくれるものを身にまとうと、次にスムーズに予想より早く進んでいけます。すごく先を形に落とし込んだものを身につけるのではなく、すごく先を少し先までブレイクダウンしてから、その少し先が形になっていると感じるものを身につけていくのです。

春だから初夏物をとりいれるということではないんです。あくまでもあなたの人生における指先が触れそうな程度に少し先のステージを、ワードローブのような形に落とし込んで、身にまとっていきいましょう。

これが最期かも。

特に昨年秋から、人に会う時、それがオンラインや手紙であっても「これが最期かもなぁ」と思うようになりました。悲壮感があるわけでも、自分が死にそうな感じがしているわけでもありません。ただ「これから色々なことが地球上で大規模に起きるなぁ」と感じ、今まで以上にふつうの当たり前のことの価値が上がり「あれがあの人と話した最期だった」となる回数が増えると、直感したのです。

だからと言って、別に人にいい印象を与えようとか、絞りだすように感謝を伝えきろうといった、特別な何かは一切していません。ただ、一瞬一瞬を自然と噛みしめ、より潔さを身につけるようになったと思います。

そして、現実において、みなさんの生活の中でも「あれが最期だった」と振り返る時が増えていくと思います。ただ、頻度こそ違えど、それは今までにもあったことで、特別ではありません。いつもただ清らかに、それを志向するのみです。

インスタで何見る?

インスタで何を見るか聞かれたのですが、わたしは「自分にはこんな身体の使い方は無理だな!」と思うものをみるのが好きです。

サーフィンのすごい技とか、見てるだけでひぃーっとなるようなスキーヤーに、感動します。

逆にあまり、おそらく人気だろう子供や猫や食べ物はみません。全然ちがう身体の持ち主だったら、冒険家になりたかったなと常々思うので、インスタでは冒険家気分を楽しませてもらっています。

みなさんは、インスタに何を求めているでしょうか?インスタに限らず、自分が時間を注いでいるものに何を求めているのか、目的はクリアですか?

大人も『こども六法』

皆さん六法全書を読んだことがありますか? 私は法学部出身でもなく、法律を部分的に調べることはあっても、六法全書はお門違いだと感じていました。

もちろん、本屋で何回か六法全書を手に取ったことはあります。開いてパラパラめくったことも何度もあります。しかし、日常でどう生かすのかイメージができず、そのまま棚に戻していました。

しかし『こども六法』は手に取りパラパラめくって、迷わずレジに直行できました。自分の中では「ついに!」と言う感覚です。この感覚最高じゃないですか?

『こども六法』とはいえ、小学校高学年以降対象の印象てす。内容は大人にとっても、頭がすっきりすることばかりです。子供に焦点を当てた形で制約はあるものの、全体像が見える喜びを味わえました。

クラウドファウンディングで作られた本で、子供時代にいじめ被害者と加害者側の両方を経験した著者が「あの頃の自分に」との思いで、たくさんの人を動かし、生まれました。

圧倒的なわかりやすさだけでなく、生まれた経緯も素敵でした。お子さんのいる方はもちろん、お子さんのいない方にも読んでいただけたら、助けになると思います。

どうぞ自分の命を守ってください。それは、肉体よりむしろ魂や霊を守るということでもあります。虐待に関する法整備は、やはり肉体に向けられたものが多いように見えます。魂の殺人とまで言われる性的虐待は、今もなお随分と軽く扱われている印象です。だからあえてこう言いますが、あなたやあなたの大切な人の魂や霊を、つまり尊厳を守ってください。