【秋休みのお知らせ】心を込めて何もしない

急に冷え込んで、驚いています。急に冬布団です。急に湿度30%代です。

というわけで、夏の疲れが出ないよう、しっかり休息し充電すべく、ブログやインスタ上では、しばし秋休みを頂きます。

「心を込めて何もしない」という言葉が好きですが、まさにそんな時間を満喫する予定です。

セッションやワークショップは、通常通り行っています。また真夏日が戻る予報も出ています。みなさまも、どうぞご自愛くださいね!

アクセサリーはお好き?

もうすぐオンラインWS「感謝」の締め切りです。そんな中、アメリカでは蚊が大発生したり、山火事がどんどん広がったり、24時間以内に猛暑から吹雪へと変わる天候を見せているようですが、わが家の近所ではカメムシ大発生中です。何も置いていないベランダには、秋なのに、トンボでなくツマグロヒョウモンやアゲハチョウがたくさん遊びに来ます。

そんな風にして、狂いが進行した中で、航海の際の北極星のように正しくあることは、ますます難しくなっていくに決まっていると思いますか?

クライアントさんたちを見ていると、全然そんなことはないのです。自粛下でも、オリンピック選手たちが素晴らしい家トレの数々を披露して話題になっていたように、淡々と自分の在りたいところにつながっているのです。だから、自分を責めたり誰かに怒ったりという「もんどりうつ」感じは、ありません。はっきりいえば「もんどりうつ」というのは、アクセサリーです。アクセサリーをじゃらじゃらつけたい、人目を気にする人たちが、よく「もんどりうって」それだけでなく、そこに人を巻き込む快感から逃れられずにいるのを、よくお見受けします。

進みたい場所があると、自分の今の居場所もすぃっと認められるのです。「これがわたしの現実です。実情なんです」と、あっさり言えるのです。そして、そこには自分を責めたりまして誰かに怒りをぶつける動きはなく、まずはその状態で済んでいるところの感謝があり、感謝できるだけの広い視野を生きています。

清い存在と聖者

清さを感じ、幸せだなと思うのが、まっとうな心と身体の持ち主です。そして、熱いものを触って「あちっ」と手を引っ込めたり、窓を開けて蒸し暑くて「うっ」となるように、清さを感じれば感謝が湧いてくるのです。そこに、高揚感や陶酔感はありません。

清さは聖なる何かとは、違います。聖なるという言葉は、キリスト教をはじめとする宗教という信念体系に属します。キリスト教の場合なら、聖なる者と呼ばれるのは「あなたの代わりに死ぬ」という代理をする人です。戦前の日本にも通じますね。

代理をする聖なる世界と、狂いのない心身で感じる物質としての清さは、似ても似つかないものです。聖者は、決して清い存在などではありません。それがどこかでわかっているから、75年前に母親をはじめとする人達は、それを喜べなかっだと表せます。

聖者を要する世界は、決して平和ではなく、美を重ねようとその本質を変えることなどできません。

New Sensations

This summer, I started to use silk pajamas. Before, I occasionally bought silk clothes. But some of them were made of low quality silk. And some of them were outfits which did not touch my skin so much. So I prefered cotton and linen.

But one day, my mom gave me a big silk scarf. And it seemed to melt under my touch. And when I read a book written by a professional laundryman, I learned that I could wash them using ordinary powdered soap, not a special soap for silk. So I could step into a new sensations from silk pajamas.

And on the first silk night, I was so surprised by its sensations. It was as if I were part silk or I got new skin. And the next morning, I got dressed and wore cotton clothes. Again, I was surprised by its feeling. Because I was clearly separate from cotton and I had my old usual skin. I lost a feeling of being a part of something. I felt that as if the cotton clothes declared, “Here is your boundary. And I am cotton which is not you.”

From that night, my sleep quality improved. And I am still surprised. It makes me want to buy more silk clothes this autumn.

親をどう受け取るか

子供が自分の親をどう受け取っていくかは、ご自身の親への本音をみればわかるでしょう。例えば「ぜひ介護したい」と思っている場合の本音は「もっと構ってほしかった。ひとり占めしたかった」だったりします。そこには、理想の親と違うというジャッジがあるわけです。

そのジャッジの奥には、親がした一番悪い行動への注目があります。親の一番素晴らしい面ではなく、一番ひどい面を見て、子供は親への評価を下す傾向があります。だから「暴力をふるったお父さんは精神的に幼稚だっただけ」と上から見下ろしてみたり「お母さんより自分が精神的に成長してしまったのだ」と、傲慢な態度を取ります。そんな自分は、トラウマ治療や精神科にかかることや臨床心理士をつけることなどは不要だと、一言でいうなら治療を拒むといった、傲慢な態度を続けるのです。

でも、そんな親のうつくしい姿やありのままのきれいな姿が、トラウマ治療後は見えてきます。それは、自分が「こうあってほしい」と願う理想の姿とは違います。バーチャルではなく、そのままのあの酷い側面も持った親の中に、その酷さを排除することなく、ありのままのうつくしい姿が見えてくるのです。その先に、親が実は病気だったという事実を見つけられることも多く、それもまた親とあなたが癒される展開です。

そうして、ジャッジから離れた時に、その真逆にある感謝という人にとって自然な状態に、い続けられるようになります。それは、あなたにとって、とても楽なことです。

New Preparations for Between the Seasons

As we feel climate change in our daily life, we are exposed to many quick changes like two typhoons a week in Okinawa. We need to change our perspective about seasonal preparations.

From that point of view, I recommend some exercise to keep your upper body flexible. Because extremely hot weather is a burden on our respiratory system we miss out on a smooth transition from summer to autumn. In addition, we often go back and forth between over 35 degrees outdoors to around 20 degree indoors. It makes our back stiff.

Even if we have four clear seasons and the slow seasons’ transitions, we have a tendency to have decreased mobility between each rib in autumn. So I think that having a flexible upper body will help your autumn be healthy and comfortable.

When the temperature falls below 33 degrees, I start to do Yoga during the daytime in addition to the nighttime. And it really helps to get back my flexibility.  After we lose the slow transition in our daily life, we always need such preparations as a part of our daily life. Maybe it is part of “The New Normal”.

そろそろ温かい物も。

地元のスーパーで「YouTubeをはじめています」というアナウンスが流れて、びっくりしました。

そして、この夏は多くの地域で、異常な暑さとなりました。例年以上に、冷たいものたくさん飲んだり食べた方が多いかもしれません。

冷たいものをたくさん飲んだり食べたり、クーラーの中にずっといると、狙い通り体は冷えていきますが、内臓機能も落ちてしまいます。

冷やさないと死んでしまう時間を過ぎたのなら、落ちた内臓機能を回復させる簡単な方法として、その日の気温や時間帯によっては、温かいものを積極的に飲んだりたべるようにしていきましょう。

それだけで、便秘が治ったりすることもよくあります。また、特別な病気の時を除き、どんな日もきちんと湯船につかることはとても大切です。湯船にきちんと使って深いところから体をゆるめることで、睡眠の質は改善されやすくなります。(どうしても湯船が苦手な場合は、足湯から始めてみてください)

お風呂と睡眠という、身体から穢れを出す最も簡単な方法を当たり前とすることで、美容費は浮き、心はしずまりやすくなり、冷静沈着でいられるから仕事でも評価されやすくなり、感謝に溢れやすくなるでしょう。

美しく変わり始めた人生

停電が予想される地域の皆さん、冷蔵庫は開けない限り、停電後も2~3日は中のものは持ちます。そして、西日本のほとんどと一部東日本のみなさん、いかなることがあろうとも、川の水位・田畑の状態を確認しに行かないでください。あと数日待ってください。

そして「これからひどくなるから、まだ大丈夫だろう」と、家の修繕が必要な個所に今から手を出すのも、止めましょう。あなたが危険にさらされるだけでなく、消防や警察など、他の人の命も危険にさらされてしまいます。どうか、そのことを念頭に置いて「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」の気持ちでいてください。

クーラーが使えず、室内で熱中症になる可能性も十分にあります。冷たい水を浴びたり、濡れたタオルで身体を拭くだけでも身体は適度に冷やせます。どうぞお風呂に水をためておいてください。風速80mの参考になるのはこちらです。みなさんのご無事を、心からお祈りしています。

さて、繰り返している悩み・同じところでグルグルしちゃうトピックは、大抵「いつもの常連さん」であるでしょう。全く新しい新メンバーではないのです。

そんな時、コーチングを始めていようと提案することが、①その悩みが始まった時期が何年前かをみる ②仮に10年前だとして10年前からずっと部屋にあるものを新調する、です。特に②は「お気に入り」「もったいない」「何があってもこれは捨てないでしょ」と、自分が認識していることも多いのです。

①の時期がよくわからないなら、まずは10年前から部屋に在るものが何なのかを、きちんと意識に上らせてあげることがスタートです。そして、いざ捨てよう・売ろうとすると腰が重くなるなら (A)「また買うことができない、貧しい自分」をイメージしていないか (B)何か不安がないか、心の中を探ってみましょう。

その先に、些細なことにも感謝があふれるから満たされていく人生が、開けていきます。美しく変わり始めた人生を、自分のいつもの人生にしませんか?

この夏の喜び

この夏ほど、空気の汚い夏はなかったと思います。台風の中をニホンミツバチ始め、たくさんのかけがえない生き物が生き延びることを、祈るしかない心境にあります。

さて、この夏、私が粉石鹸を使い始めることができた裏には、呼吸器が強くなったことが挙げられます。息を長く止めていることができるようになったので、舞い上がるこの石鹸を一切吸わなくなりました。ずっと続けてきた、呼吸機能を改善するトレーニングの賜物ですから、本当にうれしかったです。

そして、もう一つこの夏の喜びとして挙げられるのは、ついに筋肉が落ちなくなったと言うことです。毎年夏になると、どうしてもウォーキングの日数は減るし、室内でもピラティスやハタヨガをできる日数が減りました。だから、10月ごろになると、6月までにつけた筋肉が全部蒸発したかのように消えていました。

しかし、今年はあることをしたら、本当に筋肉が落ちなくなりました。これはワークショップを継続して受けてくださっている方は、自然とインストールされているので、同じ現象がこれから起きていくでしょう。

どんなことも変えていける面白みは、1番の遊びに感じます。

困難があると、休む?がんばる?

九州・四国・山陰・山陽地方在住の皆さん!本日中に竿・ベランダや縁側用のサンダル・庭や玄関先で飼っている動物・塀の上に並べた植木鉢など、とにかく外にあるものを、ひとつ残らず全部しまい込みましょう。強風で凶器に変わります。

tenki.jpより

強風圏の方は、養生テープ・段ボールなどを窓に貼り、外側から板を打ちつけましょう。屋根の押さえ方は、可能なら沖縄出身者にアドバイスを仰ぎ、無理はなさらないでください。沖縄のみなさんは、息をつく間もなく次の台風となり…、心から無事を祈っています!

ウェザーニュースより

足場を組んでいる工事現場のみなさん、どうか凶器に変わる可能性の高さをご理解頂き、お手数でも速やかに解体してください。風雨ともに強くなる台風の東側のみなさん、特に注意してください。関空で流されたタンカーが連絡橋にぶつかった台風の際、大阪ではベランダがベランダごと飛んでいましたが、東側の奈良では、春日大社の大木が何本も根こそぎ倒れ、さらに東側の三重でも交通標識やガードレールや民家の門がぐにゃりと歪み、屋根が剥がれたりしていました。

さて、何か困難があると、休む方向を選択しますか?それとも、頑張る方向を選択しますか?

山登りに例えるとわかりやすいかもしれませんが、迷ったかなぁと思う時「とりあえず一旦休憩しよう」と思うのか、「まずはとにかく山頂まで行ってしまおう」と思うのかの違いを、上記であなたに伺っているわけです。

山登りで遭難するのは、後者です。人生も同じで、困難に際し「頑張ろう」とギアを上げてしまうなら、人生で遭難します。

「頑張ろう」と気合が入ってしまう時、自分は無理がきくという、生き物らしからぬ自惚れにどこか浸ってはいないでしょうか?そして、そこで得た高揚感をもとに、孤独の中で自己変革に奮起していませんか?

あらゆる状態や症状には、時に驚異的な力があって、脅えて目をつぶってしまいがちかもしれません。しかし、朝日が空から降ってくることなどなく、常に足元からのぼってくるように、状態や症状はこれからその人が歩く道の特徴だけでなく、その人がよりよく生きるための道を示す最大の恩恵である一面も、含みます。

そのことに少しでも自分をひらく時、皆さんが今まで持っていた感謝の質が変わるだろうと思います。そして、だからこそ人生の質が変わるでしょう。

善悪は相対的なもの

正しい/間違っているにとらわれる毎日を送っている人は、人間社会において、善悪の絶対的な基準があると考えているようなんです。

しかし、それこそ個人的でない裁きとして存在する裁判などをみると、法をどう解釈するかで、裁きは変わります。つまり、この社会では善悪は相対化されていると言えるでしょう。だからこそ、グレーゾーンも生まれます。

絶対的な善悪があると考えてしまうと、排除されるべきものがあると言う発想も生まれます。つまり、ゆるすことが存在しなくなります。だから、悪を受容しようという考えも生んでしまいます。

絶対的な善悪があると「信仰」すれば、この世に戦争がとどまる時間は長くなります。一方で、善悪が相対的なものだとその存在の仕方を認めれば、悪はゆるされることがあろうとも、受容されることがなくなります。そして、感謝が流通しやすくなり、感謝の価値も正当なものになっていくでしょう。

みんなに勧められること。

台風10号が、本当にこわいです(涙)。

気候の乱れが非常に激しく、季節感が年々薄くなってきました。7月の長雨は、植物や動物を秋に向かわせてしまったので、紅葉が始まり日陰ではたんぽぽが元気に咲きました。8月には35度以上でもトンボや蝶が飛び回り、8月下旬以降にしか出会うことのなかったバッタが、8月上旬から飛びまわっていました。

生態系がより狂ってきたので、毎年ベランダにやってくる蛙の餌取りは激しくなり、日が暮れ部屋から漏れる光に寄ってくる虫を捉えようと、カエルがしばしば窓ガラスを揺らして、その勢いやジャンプ力には驚きました。

こうした状況下では、多くの人の心身が狂うため、基準そのものの狂いも生まれやすくなります。感染者数が一定程度まで減らないにもかかわらず、周りの顔色を伺いながら「動く理由」を求めては移動し、感染させるリスクを考えず感染するリスクだけを考えているのはその一例です。

そして「動く理由」を求めてしまうのは、すでに鬱状態にあるからです。バランスを取るために躁状態に入りたくなるのです。すでに危険な状態にいるのです。

こうした環境下で、健康へ向かいたいすべての方に勧められるのは「同時に新しいことを2つ以上しない」ということです。家で過ごしていたとしても、睡眠のリズムが乱れているとしたら、もうすでに新しいことを1つしたのと同じになります。

生きていることに心から感謝が溢れるなら、自然と自分を守ろうとする動きがうまれます。

怠けられないから病気になる。

沖縄に台風が近づくにつれ、本州は高温となるため、もはや「こげぱん」になった気分です。

さて、病気になると、なんとなく怠け者のような気持ちになってしまう方がいらっしゃいます。ご本人だけでなく、周りもそんなふうに見てしまうことが非常に多いと思います。

でも、これほど実際と離れた認識は、なかなかありません。実際には、病気になる人ほど「怠けられない」という特徴があります。

怠けられないから、病気が少しでも軽くなると、少しだけでもできることを探したり、張り切ろう張り切ろうとします。そうやって、神経を使ってしまいます。

一般に、人はどうやって怠けるかを考えるものですが、そこがそもそも抜けたようになっていると、感謝で満ちるのでなく、病を追いかけ続けるようになります。

最も深い個人の秘密

夢を書き留めたり人に話したり覚えておこうとする人がいますが、結論から言うと、これはやめましょう。夢と日記は、最も深い個人の秘密です。そして、夢に至っては忘れるのがベストです。

夢分析のようなものもありますが、実際、夢日記を書き続けると、夢という無意識の采配を阻害してしまうので、うつ病等に導かれてしまいます。

また、無意識の采配がらみで付け加えるなら、特に精神病性障害については、その病が最も深かった時とその病が始まる直前のことについては、医師も本人も家族も沈黙を守り、無意識の働きを邪魔しないようにしましょう。しばらく入院していたようなケースなら、退院後の部屋が入院時とは違っているように、ベットカバーやカーテンの色を変える方が、予後に良いと分かっています。

精神病性障害にかかわらず、それ以外のありとあらゆるすべての病気において言えるのは、その人が属している家族の文化が、ゆとりのなさをよしとしたり、ギリギリの生き方をすること美学としていたり、特定のある生き方をしなければならないよう固まっている家族の中に戻ると、病は抜けなくなると言うことです。

つまり、緊張の高い家庭においてあるいは緊張の高いコミュニティーにおいて、心からの感謝は流通しないのです。

NGワードの裏には。

皆さんご自身が「病気かも」と思ったり、身近な人が不調だと話してくれた時、こんな風に返したり返された事はありませんか?

「気のせいじゃない?しばらく休めば治るよ!」

「みんな忙しくて寝不足で気持ちも落ちてる。あなただけじゃない」

「運動しないで閉じこもってるからじゃない?」

「就職活動ノイローゼ、という感じかな?でも、昨日もゲームしてたよね?実はたるんでるんじゃないの?」

「そんなに言うなら、医者に行けばいいでしょ!」

「あとちょっとで最終面接も終わるんだから、ここまで踏ん張って、その後ゆっくり治せばいいじゃない?肉でも食べに行く?」

「普段からしっかりしてないからでしょう。明日からきちんと早寝早起きを続けて、規則正しく暮らして」

「心療内科に行きたい?そんなふうに育てた覚えはありません」

「鬱病かもしれない?うちの家系にはそういう人は出たことがない。そんなよりによって、本当に何をいいだすの?」

「あなたが精神科に通っていると分かったら、お兄ちゃんの縁談に響くのよ。世間体が台無しなの。もう少ししてからにしてちょうだい」

こんな風に声をかける気持ちの裏には、想定される最悪の事態を受け止められないご本人の姿が、影絵のように見えてくる気がします。

でも、そんな風に自分を防御することに会話を進められたら、不調や「病気かも」と思った方は、全然寄り添ってもらえなくて、より迷子になってしまうでしょう。

自律の肝はゆるしですが、多くの方が自分にダメ出しをすることが自律だと思い込んでいます。その延長線上で相手も捉え、不調を抱えたり「病気かも」という他者を、叱責したり非難を加えます。また、ある意味で既に不調抱えたり「病気かも」と感じている人にとって、病気はすでに隣に常にいる人のようなものなのに、その病気を無視したり軽視したりします。そうするために、その人への励ましが、口をついて出たりするのです。

これらは、病気や健康の本質から離れたものであるだけでなく、不調を抱えていたり「病気かも」と感じている人の尊厳を踏みにじるに十分な作用を持っていると、皆さんは認識できるでしょうか?

仕事の忙しさや直近であったいじめといった1つの出来事で、人が不調を感じたり「病気かも」と感じる状態に入ることはまずありません。ここで言っている病気や不調は、精神的なものだけでなく、歯痛や喉の痛みといった身体的にみえる多くのそれを含んでいます。すべての不調や病気にとって、強がりやごまかしは有害です。

病気や不調を抱える人への接し方に悩むなら、ご自身をきちんと内省してください。そして、治療は赤の他人でなければ引き受けられないような厳粛さを持つことを、理解しましょう。

スケルトン

万能感の強い人は、専門家を遠ざけたがります。その道のプロフェッショナルでもないのに、自分で判断したがります。そして、いざという時になると、専門家に依存します。

「自分でできるから」「ちゃんとやりますから」と主張しますが、そう返答しなければならない文脈を理解してないから、つまり専門家があなたよりずっと広く深く見たところから発言していることを、理解できていません。

他者にゆだねる厳粛さの存在する場を理解することができないわけですから、ご自身が何かのプロフェッショナルになる道を、自ら閉じてしまうのです。

こうしたいのちの無駄遣いが、自分自身に対する感謝のない人の日々には刻まれていて、それは専門家からはスケルトンで見えているんです。

無理が通れば、病がでる。

精神的な病の発病は、中身が何であれ、無理している状態から始まるでしょう。急に勉強始めたり、あることにすごく凝り出したり、情熱的な片思いをするといったことが、無理している状態の一例です。皆さんの想像と違うものも、例に含まれていたのではないでしょうか?

余裕がない状態に本人は入っていても、周りからその人がもともと控えめ/非社交的/ひとりでいるのが好きに見えていると、周りはむしろ本人の無理を「よくなった」と評価して、見逃します。

本人の中で緊張が高まっているので、自分の価値を上下させない散歩のようなものはできなくなっていて、本人が注目していることから目をそらせなくなります。つまり、自分の価値を上げるものあるいは下げるものにしか、手を伸ばせなくなります。

ここで緊張の糸が切れる、あるいは緊張が下がることが起きれば、精神的な病からは再び遠ざかることができます。しかし、そうならず、関係妄想も大いに含めた上で、全てに意味を見出し始めると、もうおむすびころりんすってんてんの状態です。

それまで勉強しなかった人が、急に人が変わったように勉強を始めたり、異性に興味がなかった人が恋におちてそればかりになったり、ダラダラしていた人が急に朝から晩まで働くようになるといった無理は、自分に感謝がないところから生まれています。

すき間を狙い、コマを進める

外気が33℃以下の日なら、わたしは足湯と肘湯をセットでします。もちろん日を遮る工夫やクーラーを使用し、毎日湯船につかる前提で、です。特に、のぼせたようになってしまう方(ざっくりいうと夏が苦手な方)は、この方法を使うと身体のあちこちが弛んで、心もほっとできるでしょう。また、その自覚がない方でも、ほんの少しでもでも怠さやむくみやのどの痛みや便秘やアイスばかり食べてしまうなどの不調があったり、寒い中でもサンダルを履いたりクロップドパンツでくるぶしが冷えていたり、足裏が少し硬くなってきた気がしたり(角質の手入れが頭をよぎるレベル)、ごく僅かにでも血流障害があるなら、ぜひやってみるといいでしょう。

足も肘もどちらも、左右が同じ赤さになるまで、赤みが薄い方を繰り返し湯に浸します。そうすると、ストレッチや体操やヨガやツボ押しや気を送る方法でもうまく動かなかったところが動いて、正しい位置に戻ったり、背中や腰が弛んだり、足裏がベターっと床について安定するようになることを、感じられやすいでしょう。実際に経験して、身体の変化をしっかり感じ、その上で心の変化もしっかり感じることが、肝です。

気になるところ(例:肩や腰)を、直接湯たんぽや蒸しタオルであたためても変わらなくても、足湯や肘湯で変わることは多々あります。特に、ここからは揺れながらも秋に向かっていくので、取り入れやすいと思います。その経験が来年のみなさんの夏をささえるでしょう。

暑い夏だから、足湯や肘湯は論外と雑にみるのではなく、朝の一番涼しい時なら28℃以下であることに注目したりして、足湯や肘湯が身体にいい影響を及ぼす瞬間を狙っていきます。肘湯はラーメンやうどんの鉢でもできますし、足湯はバケツがあればできます。あとは、やるかやらないか、それだけです。自分に感謝が向いていると、こういう細かなすき間を狙ってコマを進めていくような感覚は、ごく自然にあります。

【募集スタート】オンラインWS「感謝」

この夏も、多くの地域で酷い暑さに見舞われました。今が年末でもしっくり来てしまうしんどさを、これを読むあなたなら、感じ取れるのかもしれません。

新型コロナウィルスの影響もじわじわと効いてきてしまい、こんなに工夫してもやる気が蒸発していく不思議は、この人生でなかなかない、かけがえのない瞬間でもあるようなんです。

ストレスのたまったわたしたちは、知らず知らず刺激へと視線を絡めては、偽りの快感に包まれ、疲弊した悲哀を全身から漂わせて、助けを求めることもできます。

そうして「助けてほしい」とあからさまに言うか迷うときに、肌あれに悩んでみたり、股関節に痛みが出たりと、実に様々に表現が工夫されているようです。

そんな風に形を変え、あなたがこの広がる不思議を楽しく泳いで、あの向こう岸に辿り着いてしまうとき、あなたは何だかすごいことになっているようなんです。

そこでは「よくあんなところを通り抜けられたものだ」と、段々その記憶が薄れゆく解放感に浸るのかもしれません。へなへなしていると力強く生きられてしまう、この生きる喜びと共に。



~ オンラインWS「感謝」 ~

● 場 所:Skype上

● 日 時:以下からお選びください

– 9月4日 (金)12:00~13:30
– 9月7日 (月)20:00~21:30
– 9月15日(火)10:30~12:00
– 希望日時(~10/15)を提案

● 対 象:一つでもYesなら

・夏の疲れをとりたい
・元気になりたい
・リフレッシュしたい
・希望を感じたい
・感謝のすごさを経験したい
・肌あれすることがある
・股関節にかたさを感じる
・股関節が痛いことがある
・人生を片づけたい
・頭の中を片づけたい
・偽りの快感から解かれたい
・偽りの愛を追いたくない
・ゆるせない人がいる
・罪悪感を感じることがある
・予想される未来を変えたい
・あの過去を変えたい
・親に変わってほしいと思う
・パートナーに変わってほしい

● 参加費:13,200円(税込)
● 〆 切:9月15日(火)夜9時

▼ 以下よりお申込み下さい!
https://is.gd/DJADUv

~ ご協力お願い申し上げます ~

精神病性障害で現在治療中の方・及びその必要がある方は、ご利用頂けません。ご自身の状態からお申込みを迷う方は、電話番号と共に詳しい症状や期間や試した方法を添え、気軽にご連絡ください。ギフト利用の際は、守秘義務に同意したものとみなします。お申込み後のキャンセルは一切承らず、参加費が発生するものの、10月15日までを対象に、日程変更は承ります。祝日も開催できます。

今回も、通常のコーチングやFAPで扱えない部分を扱う宝物のような時間です。クライアントさんも、ぜひいらして下さい。もちろん今回も、前々回から少しずつお伝えしている「一生使っていただける簡単な体操」もシェアします。

今回はまだ暑いため、心が元気でいることを助けるバーム(全身に使える)を特別にプレゼント致します。いわば、残暑お見舞いですね!もちろん、不要な方はおっしゃってくださいね。

Support and Be Supported.

I love small shops which sell their original products and were established a hundred years ago. When I find such shops, I passionately support them as much as I can.

And Gekkoso in Ginza is one of those shops; http://gekkoso.com .They sell their original art supplies, postcards and related goods. They also have a cafe and an art gallery.

When I lived in Tokyo, I sometimes stopped by. Gekkoso helped make art accessible to me. It has a unique charm not a soulless chain store like Sekaido. Gekkoso’s products are friendly like small birds which chirp. So I am not overwhelmed by them and can move towards art. They always help me awaken my passion for art even if I am not good at it.

And today I finally bought an art set. Before buying it, I researched the appropriate thickness of paper suitable for each drawing media. And I became confused and stuck. Then I remembered Gekkoso and its friendly atmosphere. Gekkoso was a friend who guided me to somewhere I wanted to go.

The heat wave doesn’t allow me to go out, so I will dive into art and connect with something beautiful through my inner world. Now I am supported by Gekkoso which I support.

丸め込むと、○○から遠のく

あら、こちらも配信スタートしていたんですね!

さて、「多分こうじゃないかな」「お皿1枚洗ったって減らないから、明日まとめてやればいい」、そんな風に考えるとき、あなたはあなた自身を丸め込んでしまっています。

「多分こうじゃないかな」「お皿1枚洗ったって減らないから、明日まとめてやればいい」、はどちらも細かな違いがわかっていないし、また未来を決めつけてしまっています。真っ白なはずの未来を汚してしまっているのです。

そうやって丸め込んでいると、感謝するあの気持ちよさからは、遠のいてしまいます。感謝することでわたしたちは、色々な体験をできます。もうすぐオンラインWS「感謝」を、リリースできます。ちなみに、オンライン・ミニ・リトリートはうちの味噌が出来上がったら、みなさんにお知らせします。(味噌使うんです♪)

Caution About Your Manic State

In Japan, we have extremely hot weather like over 40 degrees. And such irregular circumstances sometimes leads us to both a depressive state and a manic state.

A manic state is especially sometimes assessed as being internally motivated. And such a mode makes us overlook heat stroke. For example, when you walk a lot in 40 degree weather you do not
recognize your fatigue. You mistake the fatigue for the result of a workout. And even if you feel a bit of muscle pain as a symptom of heat stroke, you start to think that it is because of exercise.

Amazingly, many media report that many people walk without hats and parasols under such deadly heat. It seems that some people believe the power of a handy electric fan. But the fan does not cool you down. Hot wind irritates our respiratory system.

What we need is, to simply take a rest and admit, “I am exhausted.” Being honest is the easiest way to stay healthy.

登山と下山は異なるもの。

皆さんが様々な状態から「回復」しきれないのは、行きと帰りを同じだと思っているからではないでしょうか?

何らかの状態あるいは症状から「回復」する際、それは登山と下山では通るべき道が違うことと同じように、考えるべきです。

大体、膝が笑うのは下山の方です。気持ちが焦るのも下山の方です。特に登山を山頂に達する事と考え、下山をおまけのように捉えるほど、怪我をしやすいでしょう。下山もまた大イベントなのです。

同じように状態や症状が悪くなるときには、息をひそめる感じがあるのに、少し回復して見えてくると気を緩めてしまうのは、回復をおまけとみなしている姿勢ではないでしょうか?

決して「気を引き締めましょう」と言いたいのではありません。回復もまた新しく大きなイベントであるという位置づけのもと、ご自身の状態や症状や回復そのものを捉えていくと、それ自体がまたとない経験となり、皆さんの人間性の豊かさを育む1部になっていくのではないでしょうか?

揺らして調える

今日から配信されるのを、楽しみにしていました!

さて、少なくとも5年以上ぶりに、洗濯洗剤を変えました。少し前にメーカーを変えたことを書きましたが、さらに粉石鹸にしたんです。植物性のものを試したら、確かにパッケージにあるように溶けやすかったのです。

そう書くと、もしかしたら「せっかく進んでいたのに、後退した」と受け取る方もいらっしゃるかもしれません。あるいは「周りをもっとよく見ていたら、早くここにたどり着けたんじゃないの?」とツッコミを入れたくなる方もいらっしゃるかもしれません。

ところが、この後退して見えたり回り道にみえるプロセスこそ、価値があるのです。こうした非生産的なことが重要で、何の近道であるかはオンラインWS「女性」で、参加者の方にお伝えさせていただきました。

多くの方が、迷いを悪いものと決めつけ、ぶった切ろうとします。その時、目は瞑られてしまうのです。振り払うほどのしがらみに満ちた世界にいるのです。

でも、平和はしがらみに満ちた時に初めて現実になるのかなとも、見えます。つまり、あるレベルにおいて平和と自由は両立しないのです。

そんなときに、こういう非生産的な揺れは、自由を守る役目も果たしてくれていたことが見えてきます。そして同じように、睡眠の揺れもまた、あなたの自由を何らかの形で守る役目を果たしてくれているかもしれません。その先に、本当の自信が生まれる舞台があります。

【開催報告】8/10,18 オンラインWS「女性」

8月15日までお申し込みを受け付けたオンラインWS「女性」、さっそく開催しました。このところ、予想気温より実際の気温が2℃は上回る日が多く、この日も37℃にまで達し、ギラギラと晴れているのに雷が何度も鳴ったりして、外的環境としては、ギョッとすることがギュッと詰まっていました。

しかし、ワークショップは優しいなめらかな時間を過ごしていただけるように、設計しているので、開催しているこちらも終わった後、気持ちがほんわかしたほどでした。お伝えした体操は、生涯使っていただけるものですから、ぜひ毎日のルーティーンに取り入れてみて下さい!

それでは、頂いた感想を順に紹介していきましょう。(これから受ける方のために、ネタバレになりそうなところは*に変えています)

「(今の体は)

背骨がゆるんだ(丸みがでた)
肩が下がって椅子とお尻の関係がいい
みぞおちがゆるんだ
目が開いてよく見える

(今の心は)
ゆったり
ほんわかしたうれしさ
楽しい

(これからの人生にとって大事なことは)
伸びやかな感覚
WS後に感じたゆったり、ほんわかしたうれしさ、静かに微笑みがでるような楽しい感覚。

今日も日常にすぐ使えるものを、いくつも教えていただきありがとうございます。メモしたノートを見ても、何だか嬉しさと喜びが湧いてきます。
「*をしよう!」は、えっいいのかなという頭の声もしますが、ホッと安心し視野や自分自身の拡がりを感じます。驚きです。

自分で自分に強いて緊張させていたことがたくさんあったな、焦ってばかりいたけれど、今すごく時もゆっくりと優しく流れている感じがします。

ガツガツもゴリゴリもないすごく貴重な時間を過ごせました。ありがとうございます。」

(51歳、女性、事務)

「(今の身体は)
◯始まる前に比べ、手足の血色が明らかに良くなった。
◯背骨の存在がしっかりと感じられるようになり、身体の動きがスムーズになった。
◯呼吸がしやすくなった。

(今の心は)
◯深いところから静か。
◯自覚していない心の疲れがとれてスッキリした。
◯これから自分のなかにどんな種が芽吹いていくのかとても楽しみ。

(これからの人生にとって大事なことは)
◯身体の調整を少しずつ続ける
◯感情を適切に表す

◯男性性と女性性のバランスは人それぞれでそのままでいいと思っていたが、バランスを整えることによりもっと自由に動けると感じました。これから自分がどのように変わっていくか楽しみです。喜びと発見のある時間をありがとうございました。

(女性、44歳、法人営業)」

オンラインWS「女性」の開催概要はこちらです。

調整という揺れ・乱れ

私が最近した調整の対象は、マスクです。2011年から愛用してきたマスクが、ついに生産中止になってしまって、手元の在庫が切れてしまったので、新しいものを試しているのです。メーカーにも電話して確認しました。本当に飛び抜けて素晴らしいマスクだったので、残念です。

お米も調整しています。品種だけでなく、久しぶりに七分米というわたしに合う削り方(?)に出会い、白米がもつスィーツ感から抜けられました。安堵が広がります。さらには、ブレンドすべきものをもち麦とはとむぎとキヌアかアマランサスまで、絞り終えました。さらに、自分に必要なブレンド比率を模索しているところです。

そんな風にして、調整が進んでいくことは、「揺れ」「乱れ」のように感じられることもあるかもしれません。高速道路をビュンと走り抜ける感じとは違って、田んぼを見ながら誰もいない道を走る感じに近いのかもしれません。

高速道路だと、ブレンドを選んだ時みたいに、あとは何も考えなくていい気楽さがあります。下道だと、自分で調整する時と同じ、周りをきちんと見渡して自分で調和をうんで生きる喜びがあります。

でも、そんなあなたのことを見て「しょっちゅう変えている」「物事が続かない」のように批判してくる人もいるかもしれません。何も考えなくていい気楽さが生産的で、下道の大冒険があなたを耕し知恵を育んでくれることに気づかない人がいるのは、この競争社会において、ある意味でラッキーなことかもしれません。

だからあなたは、睡眠の乱れと言う一見すると社会における弱者に入りそうな状態を生んで、本当の意味で虎視眈々と自分を大きくし「みんなの役に立ちたい」と言う小さな頃の夢を叶えようとしているのかもしれません。そして、そこに潜む小さなあなたの涙は、誰かの憧れになっていく、そんな気がしてくる夏の日の中で、わたしたちは息をしては、わずかに肩を揺らしています。

庇う→補う

受け入れがたいことに出会うと、受け入れるよう、自分に強いていませんか?例えば混乱して当然なひどい指示を出す上司を「でも、この子悪い子じゃないんです~」という親御さんのごとく、どこか庇っていませんか?

庇うのが理にかなうのは、相手が小さな子供である場合くらいです。そこから先、子供が大きくなるにつれ「庇う」から「補う」へ、シフトしていきます。それが、子供の力を奪わず、子供の力を伸ばす道です。

そして、つまり相手を小さくみる「庇う」は、大人への対応ではないのです。また、あなたが結局庇ってくれるとわかれば、相手はモンスター化していきます。受け入れがたいことを受けいれようとしたら、暮らしに様々な乱れが生まれて然るべきです。

庇ってもらいたがるモンスターに会ったら、自分の感じた神聖な怒りを大切に、現実を変えて、受け入れたいと思える現実を生む方へ、注力していきましょう。

自主的自粛

オンラインWS「女性」は、今夜21時までお申込みを受付ています。さて、新型コロナの感染者数もすごいから、6月半ばからまた、自主的な自粛状態に入っています。WHOは「影響は今後数十年に及ぶ」と見解を発表しましたし、きっとみんながどこか腹の底で思っていた「来年には終わる」という楽観視はまたもや粉々になったから、抑えのきかない状態に入った(表面的にはね!)方も多いようにみえます。

そして、自主的自粛になると、うちの近所では100円均一くらいしかありません!ということで、この夏はいくつか100円ショップに行って、私の中のヒット商品と出会うことができました。それは、きっと以前から商品化されていただろう、お風呂の浴槽の壁にはりつけて使う、足裏のツボ押しです。自分で指で押すのと違って、足裏で思い切り浴槽の壁を押すと、思い切り力が入ります。そうすると、ツボの奥に届くのです。

指で体重をかけて押してもなんてことなかった「湧泉」が、これをすると気持ちよくて、足裏が柔らかくなります。左足にある心臓のツボも、この方法で押すとすごく痛くて「これでやっとつじつまが合った」と思いました。というわけで、今年は浴槽にツボ押しが幾つも貼ってあります。高温下で身体を弛める工夫の一つを、今日はご紹介しました。何事も過不足なくやっていけば、必ずいい方向へ進みます。

やらなきゃの実体

お盆に入りましたね。多くの支えがあって今があることを実感できる、すてきなひとときです。

さて、「これをやらなきゃ」「これもあれもしないといけない」、そんな考えがよぎることはありませんか?そういう時って、焦っていたり、やる気スィッチを入れようとしつつも、どこか空回りしている感覚を、自分の内に感じ取れるだろうと思います。

「これをやらなきゃ」「これもあれもしないといけない」、そんなことを他人からつぶやくように言われたり、何かを断る理由にされたことはありませんか?それまでの実りある楽しい時間が台無しにされるような、嫌な気持ちが必ずくっついてくる、そんなことを思い返すことができる方も、いらっしゃるかもしれません。

これが、自分を責めているということなんです。自分で「これをやらなきゃ」「これもあれもしないといけない」と思うとき、実際には自分で自分を責めています。そして、誰かが「これをやらなきゃ」「これもあれもしないといけない」という場面に立ち会うと、つまり自分で自分を責めている人を目撃することになりますから、嫌な気持ちになって当然なのです。「これをやりたいから、そろそろ」と言われた方が、より直接的なのに嫌な気持ちにはならなかったという経験を、今思い出せた方もいらっしゃるかもしれません。

オンラインWS「女性」では、こうした「自分を責める」動きから解放されていく動きが自然と生まれていき、ワークショップ終了後もそれがあなたの中でぐんぐん伸びていくよう、デザインしてあります。ぜひ、こうした動きというお守りを、多くの方にお贈りしたいなと思っています。