目標アレルギー

目標アレルギーの方は、しばしば中間目標をつくっていません。(中間目標でも、1/3目標でも、1/5目標でもいいのですが…)

すごく好きなケーキでも、ホール1個を今全部食べてと言われたら、胃もたれするでしょう。大好物の牛肉も、牛一頭送られたら、モーモーいう牛を相手に、困惑しかなくなるでしょう。つまり、中間目標のような、目標をブレイクダウンした何かは、とっても大事なのです。

目標を中間目標にし、さらに小さくしていくことで「もっと食べたいのに!」と思うサイズのケーキや牛肉になります。そうすると「これならずっと食べてられる」「これなら飲むように食べられる」なんて、錯覚が起きていくわけです。そうやって、錯覚を起こさせていくと、トータルでホール1個分を超えるケーキや、牛1頭分を超える牛肉を、お腹に収めてしまえるのです。

だから、中間目標をつくることで、結果的にあっと驚く場所まで、自分を連れて行ってあげてみて下さいね。そうすると、目標アレルギー自体が消えていくでしょう。

適応と計画

適応力や柔軟性に欠ける人が、適応力のある人や柔軟性のある人を、嫉妬から誤解することは、よくあります。

適応力あるいは柔軟性の高い人は、びしっと計画を決めたり、毎日のルーティーンにがちがちに縛られるようなやり方が窮屈に感じられて、一つ進んだらまたその次を決めようとしたりしますが、これは計画を立てられなかったり、続ける力が低いこととはまるで違います。

適応力あるいは柔軟性の高い人の場合は、プランA~Cまで用意するというよりは、次の一歩はクリアな「これだ」という感覚と共に進んでは、進んだことで見えたものや感じられるものを堪能して、そこからまた丁寧に進んでいく感じになります。なので、少なくとも中期的なプランは持っていて、旅ならばいつどの土地にいるかまでは決めています。

また、適応力あるいは柔軟性の高い人であるのか、計画性のない成り行き任せな人なのかを見分けるために、もう一つ役立ちそうな指標は、その人が身の回りに置いているものです。美しいものや美的感覚を刺激するものを大事にしていて、その人の持ち物やいる環境には、美という点で一貫性が見られます。

こんなところからも、ご自身を振り返って、自分に貼られた間違ったラベルは、堂々とはがしちゃってくださいね!

新調が止まらない

この冬は色々新調していますが、今回はいい商品に出会ったので、長めにご紹介します。

台所のスポンジ置き、今まで無印良品の置き型ラックにしていたのです。しかし、スポンジ置きとしては幅が大きく、掃除するときに微妙に邪魔で、もうだいぶ使ったので、こちらも買い替えることにしました。

それで、キッチン用品屋さんで出会ったのがカナダのメーカー“umbra”のこちらです。大した力を使わずにグネグネ曲げられるし、曲げた後はきちんと固定されます。スポンジ二個まで乗るし、掃除のときにもこれごと片手で上にあげればいいだけなので、非常にスッキリしました。

ちなみに「他にもこういうナイスアイデア!な商品を作っているかも」とumbraの他の商品もオンラインで見てみましたが、わたしにヒットしたのはこれだけで、何だかちょっと笑ってしまいました。

あなたのいる空間のちょっと嫌なこと、まずは書き出してみませんか?

微生物にとっての天国

何年か前に流行った50度洗い、まだ未経験なんですが、寒い冬の内に試してみようかな〜。

さて、植物は動くことができないからこそ、細菌や虫から身を守れる皮を生むなど、比喩として「知恵」とも呼べそうなものを、持っています。

少し前にはじめた、ベジブロスはその恩恵にあやかろうとする、玉ねぎの皮やりんごの芯やカボチャの種やにんじんのヘタやキャベツの芯などを、あくまでも低温でコトコトにこんでとる、野菜の出汁です。

前述の「知恵」は、フィットケミカルと呼ばれる栄養素で、熱に強いことで知られます。

だしを買う量を減らせるからお財布に優しく、ヘタや種をためておく袋はカラフルで楽しく(冷蔵でつくる方が、味が良くなるそうだが、私は気楽な冷凍派)、さらに狙い通りゴミが減り、結果としてやはり自由に使える時間が増えます。

根菜類はたいてい長期保存が可能ですが、それもフィットケミカルのおかげで、免疫力アップや老化防止に効くそうなので、こちらは副次的効果として楽しみにしています。

サプリメントに走りお金も出ていきゴミも増えるより、ホールフードをとったり発酵の力に委ねて、結果的にお金も時間も手元に残ってゴミは減り、日々の楽しみも増える方が、自分の身体を微生物にとっての荒野にしないでいられそうかなと、思うんです。

その存在を知らない微生物がまだ地球上にたくさんいるでしょうし、そのシステムは間違いなくよくできていると思うので、そちらを尊重したいのです。微生物にとっての天国な身体、目指しています!

素の方が素晴らしい

味噌づくりの時期になりました。味噌の発酵に関わるのは、ハロフィルス菌(乳酸菌)やペディオコッカスという善玉菌で、前者は醤油の発酵にも関わるそうです。「そうなんだ~」と思いながら、作っています。

腸内細菌の構成マップは、いわば指紋ともいわれますが、味噌や醤油などの発酵食品がそこに大きく貢献してくれることを考えると「同じ食事を共にすることの深みが見えてくるな!」と思います。

一日に推奨される栄養素の種類や量はありますが、タンパク質そのものを取らずとも、腸内細菌の力で十分なタンパク質を摂取できることも、分かっています。もちろん、その人がどんな腸内細菌を持っているかに拠りますが、でもそうなると「食糧難だ~タンパク質が不足する」という発想が砂の城のように、ボロボロと崩れていく感触が生まれて来ませんか?

脳一辺倒で色々支配しようとがんばる人も多いですが、例えば消化管(口~肛門)は、脳とは独立して機能する、独自の神経系を持っていますから、そうは問屋が卸さないのです。

わたしたちって、もともとすごくって、ただそのすごさを発揮していくには、自分だけでなく周りもすべて自然であるよう、とにかく理にかなっていくことです。理を生きていけば、周りも必然的に本来の力は取り戻しますし、理を進化できるならば、理を生きようとするすべてが、一気に底上げされます。ずっとそこに希望があるな!と思っています。まずは、もともとのすごくて素敵な素の姿に、あなたもひょいっと戻ってしまいませんか?

限られた時間

私たちの人生は限られています。その事実から逃げている人は「時間つぶす」「暇すぎて何していいかわからない」「予定があると安心」と発想します。そういう方にお勧めなのは、タイマーを使うことです。お休みの日、とにかく5分ごとにタイマーが鳴るようにすると「あれ、これ5分以上かけてると思ってたけど違った」「5分しか見てないつもりが、タイマー4回更新してた」のように、事実と自分の「こんな感じ」との距離を近づけることができます。

そうすると、時間に追われなくなるのです。そして、5分もあると豪華なものを頂いたような気分になると思います。5分をSNSに使うより、自ら「これをしよう」とえらんだものに使う方が、ずっとその質が上がるから、日々の満足度は高まります。その上で、よかったらライフスタイルに合わせて、以下からも選んでみて下さい。

・3分以内 : ブログ
・5分以内 : メールマガジン(ほぼ週刊)
・50分以内 :FAP
・55分以内 :聞くワークショップ
・60分以内 :パーソナル・コーチング単発コーチング(いま募集中!)プロボノ(条件付)
・90分以内 :オンラインワークショップ(募集時のみ)
・150分以内:対面型ワークショップ(募集時のみ)

お役に立てたらうれしいです!

「ささやかすぎる日々の中に かけがえのない喜びがある」

少し前になりますが、年末に竹内まりやさんの歌声に心打たれた方も、多かったんじゃないかと思います。

人工的に条件を設定して作り上げていくような感じでは無い、きっと人生に根ざした言葉なのだろうと思わせる誠実な優しい言葉で書かれた歌詞に、そして全てを傾けるように歌う姿に、私も心打たれました。

「いつもの毎日にこそ、小さな喜びがある」いった表現がいまいちしっくりきてなかったのですが、彼女の歌った「ささやかすぎる日々の中に かけがえのない喜びがある」という表し方がとてもピタッときて、クライアントさんによく言われる「ブログやメルマガをよむと、探していた言葉が見つかる」を、久しぶりに経験しました。

毎日の中に同じように組み込まれた小さな喜びではなくて、その人の中であまりにも細やかであまりにも普通であまりにも気に留めない時間の中にこそ、本当に他と変えることのできない喜びがあります。だから職場を去る時や誰かをなくしたときに、私たちが思い出すのはその人のキメ顔ではなく、人に伝えるのも難しいようなふつうの一部の欠片なんだと思います。

つまり、ほとんどの方が、野菜くずみたいに捨てているものが宝石だと言うことです。「本当にだいじなものは 隠れて見えない」のであり、決して隠そうという動きは内に生じません。

隠れて見えない、まるで植物に宿っている「精霊」みたいな本当にだいじなものは、皆さんがさっきまでしていた親子喧嘩やお皿に残ってるケチャップの中にあると思います。

かけがえのない人生を実感するには?

お酢も自宅でつくれるんですね!わーい。

さて、もしみなさんら「かけがえのない人生を生きている」と実感しているなら、過ごす時間の質が高いだろうと思います。そうではない方が、時間の質を高めるには、起業することで得られるライフスタイルが、やはり手っ取り早いのではないかと思います。

起業すると、とにかく会社勤めの時にはない「平日昼間」が手に入ります。「平日昼間」は、会社員が会社に詰め込まれてコンフィチュールの具になっているような時間ですよね?

その「平日昼間」は、とにかく出勤やランチタイムや帰宅時間と違って (1)移動もすいすい (2)どこでも空いてる(待ち時間も短い) (3)ゆえにサービスもいい(忙しくないから丁寧に対応してくれる) (4)平日昼間の方が安くなるものもある とにかくあらゆるコストが安くなります。言い方を変えると、機会損失が減ります。そうすると、人生の充実度は、同じ年収で会社員×1.5倍=起業で同じ年収、くらい上がります。別の視点からだと、レンタルスペース(賃貸物件、ローン払い中の自宅は、実質これ)の稼働率も上がるから、より「元を取れる」と表せる側面もあります。

だから、気持ちにうんと余裕ができて、人生のあらゆる見直しを行えます。これが、リスク回避につながり、未来を大切にする動きを現実化してくれます。ハードルが高くて選択肢として存在していなかったものが、あり得る選択肢として生活に浮上してきますから、楽になります。

また、定年後の人生をよくする「序章」の時間を、自然と持つことにもなりますから、人生のアップダウンが減り、穏やかな一生を送りやすくなるのです。

そういう意味で、時間に注目して起業することは、多くの方が「わたしってかけがえのない存在だった」と真に腑に落ちる効果があると思っています。渋滞フリー行列フリー混雑フリーで動けるだけでも、相当ストレスは減りますし、それが起業理由でOKなんです。

信頼されたい!

冬は湯たんぽ2つ使います。考えすぎたり使いすぎた後、湯たんぽを使って、頭を緩めることもできますが少しコツがいるでしょう。「検討します」と思うより、まずはやってみてくださいね!

「検討します」という拒絶、ビジネスの世界では、多く見受けませんか?言葉だけを追う新人なら「検討してくれるって~」と、喜んでしまうこともあるでしょう。コミュニケーションは、バーバル(言葉)+ノンバーバル(表情やしぐさ)で成立しているので、バーバルとノンバーバルにギャップがある人は、言葉巧みに言うほど人から信用を失いますが、たまにバーバルにやたら重きを置いてしまう方も、いらっしゃるようです。

バーバルに重きを置くと「わからないと言われているのだから、もっと説明しないと。分かりやすい言葉を使わないと」と、実際の相手のニーズ(例;甘えたい)と離れたことをしてしまうので、余計に相手との関係が混乱します。また、バーバルに重きを置くと、一語一句に引っ掛かり「それ、どういう意味?」とツッコミを入れたり勘ぐったりして、素直に誉め言葉を受け取れなくなります。言葉下手な人は、あなたをよく思っていたとしても、その反応に離れていくでしょう。

バーバルに重きを置いている人ほど、「検討します」という拒絶のような、言葉と心のギャップが大きい状態が、日常になっています。だから、相手の言葉を疑うのです。そして、人が自分から離れていく理由の一つに、言葉と心の不一致があることは、認識できていません。せっかく、言葉の細かな意味合いを捉えることができる繊細な感性があるのに、それではあまりにももったいないと思いませんか?

犬や猫など、言葉が通じないとされている相手とのコミュニケーションや、言葉の通じない安全な国でのコミュニケーションは、ノンバーバルを育てるいい練習になるでしょう。バーバルとノンバーバルの誤差が少ない人間を目指していただければ、欲していた他者からの信頼も自然と手に入るようになります。

2019年、どうだった?

みなさん、毎月の大掃除続けていますか?今日の私はこれから冷蔵庫の大掃除をします。そのノリで今年も振り返っちゃいましょうか!

1. 今年1番記憶に残った匂いは、どんな匂いでしたか?

2.今年あなたのお財布の紐を緩ませたものの中で、後から後悔したりいじけるなど、不快をもたらしたものは、何でしょう?

3.今年あなたがお財布の紐をこじ開けて払ったものの中で、後から伸びやかさや安らぎといった快をもたらしてくれたものは、何でしょう?

4.今年あなたが一番好きだった時間帯は、何曜日の何時頃でしょう?

5.あなたの手のひらや肌は、今年の初めよりもきめ細かく柔らかくなりましたか?それとも逆でしょうか?

6.去年のあなたが期待もしなかったのに、今年のあなたが見せた思わぬ成長は、どんな面にあらわれているでしょうか?

7.今年やっと気づけた「本当は苦しかったこと」は、どんな感覚をあなたにもたらすものでしたか?

8.今年触ったもの中で、今までとは違う印象をもてたものは、どんなものでしたか?

9.今のあなたを動物に例えると、なんでしょうか?

10.来年に向けて、1つ努力を手放すとしたら、どこから始めますか?

楽しんでいただけましたか?

ちなみに、2や3の質問がおもしろかったなら、「聞くワークショップ」の”Balance / バランス”を面白く感じるでしょう。4や10が響いたなら「聞くワークショップ」の”Ease / 気楽さ”が響くでしょう。5や8がよかったなら「聞くワークショップ」の”lnsight / 洞察”がよいでしょう。

1や9の敷居が低かったなら「聞くワークショップ」の”Detox / デトックス”は敷居が低いでしょう。6や7に心がほぐれはじめたなら、「聞くワークショップ」の”Hope / 希望”でさらに心がほぐれるでしょう。

「聞くワークショップ」もぜひよろしくお願いいたします!

陰極まって陽となる

約一か月後は冬至ですね。さて、冬至が来ると「陰極まって陽となる」と表したりしますが、陰ヨガで同じポーズを10分など続けた後に、陽のポーズを入れて身体を解いたりします。陽が助けてくれるのです。(もちろん、逆も然りです)

陽は意識的なコントロールで安全に向かう世界ですから、ここにあるのは「身体を変化させよう」という意識です。今あるものを違うものに変えるのだから、安全が担保される必要が出てきます。

陰は「今あるものをそのまま受容しよう」という意識が助けになる静かな世界です。
「身体を変化させよう(例:呼吸を止めないようにしよう)」という積極的な態度は持ち込まないで、身体が自然と開いていくのを待ちながら、その途中で身体の中に新たに生まれたスペースや柔軟性を、心ゆくまで楽しいます。

さて、みなさんが「安全」にこだわっているなら、陰であるべきときに陽の考え方を持ち込んでしまっているかもしれません。例えば陰ヨガに「身体を今とは違うものにしよう」という発想を持ち込めば「もっと柔らかいはずだ」のような変化させようとする積極性が入ることになり、怪我につながることは理解できますか?同じように逆に「安全でない」ことをしてしまっているのです。

さらに、もしみなさんが「受容」にこだわっているなら、陽であるべき時に陰の考え方を持ち込んでしまっているかもしれません。例えば、筋肉に負荷のかかる動きをしながら、意識的なコントロールを手放すことと同じ(例:呼吸が止まってしまうならそれに任せよう)ですから、受容ではなく放任や見捨てていることになります。もちろん、こちらも安全ではありません。

この視点から、ご自身の人生に対する態度を見てみた時、幅をつくろうとして逆に制約を生んでいる点や、制約だと思っていたことが幅をうむきっかけとなっていたことを見落としていたといった発見が、ご自身の中に浮上しますか?

気持ち良さを知ってしまうと。

陰ヨガに、トンボというポーズがあります。小学校の時にもストレッチでやった、開脚して前屈するポーズです。

「ポール・グリリーに学ぶ隠ヨガ」より

ある時、トンボだけ10分間ホールドすることにしたんです。そして数年経ち、10分間ホールドしないで寝た日があると、次の日の朝、足が気持ち悪く感じるようになりました。トンボをやりたくてしょうがなくなるのです。

ただ開脚して前屈する10分間ときくと、辛く感じる人もいるようです。でもやってる本人は、ひたすら気持ちいいだけです。いうまでもなく、明らかに身体も柔らかくなりました。おそらく、ホールド時間をもっと長くしたら、さらなる気持ちよさを知ってしまうのでしょう。

わたしたちの身体は、食事や睡眠だけでなく、思考やあるいは職業にさえ呼応し、毎瞬のようにバランスを取りつづけています。どんなに筋肉や筋膜に毎日入念に働きかけても、終わりはありません。

そして、こうしていくと、身体があっという間に開くようになっていくのです。猫のように瞬時に開く身体を持つことは、記憶や欲望を超え真実にスーッと惹かれる頭もつくってくれます。

不安が強いって素晴らしい。

「不安はダメ、安心はいい」そんな風にバッサリ裁断してませんか?だとしたら、柄の布地の柄だけを近くでみて「これはわたしに似合わない」と、判断しているようなものです。少し離れて布地を身体にあて鏡でみてみると、意外に似合っていることもあるのに、もったいないです。

不安と安心は、生と死のようにつながっています。そして、不安が強いからこそ、1円をまちがえてはいけない職務や、準備が物を言う仕事をまっとうできたりします。不安が強いからこそ、どんどん面白いものを発明しちゃう人もいます。歴史上の人物だと、吉田松蔭などは不安が強かったと言われます。

ただ、不安をどう使うかなんです。不安に巻き込まれて自分を見失うのも、不安をリソースとして使うのも自分次第です。「さびしいのは嫌」「不安はダメ」のように嫌っていると、それらはリソースとして認識されないから、たくさんあっても全部廃棄されてしまい、もったいないですよ!

小さな楽しみに大きな喜びを見いだす

大人になり、ジャッジまみれになると、楽しみにも大きい小さいが生まれます。損得から入るので、大きな楽しみに小さな喜びを見出しては、人に喜ばせてもらおうとする小賢しさを、賢さと勘違いするありさまです。

しかし、子供には楽しみに大きい小さいもありません。それがわたしたちのデフォルトてす。雨の降り方が楽しいし、空の変化が面白く、それはキャラクターに会える遊園地に行くこととは、違う面白さだと知っています。

でも、大人の方が子供の興奮する姿に「やはりキャラクターに会える遊園地の方が、大きな楽しみなのだ」と勘違いします。単に神経が興奮し、気持ちが高揚して、判断力を平常より失っている傷つきやすい状態なのに、それを大きな楽しみを与えた自分への評価と見てしまいます。

子供の方がじんわり広がる喜びをしっていて、自分で探索するワクワクに従っているのに、それらを奪い、刺激だけを与えて飼い慣らし、ジャッジしまくりの自分のミニチュアを作っていく姿は、見るに堪えぬものがあります。

小さな楽しみに大きな喜びを見いだせる暮らしの技術くらいもって、リアルな子供よりは大人になりませんか?

欲しがるのは時の力を知らないから。

有限であることを不足と捉えて、自分にはあれもないこれもないと、実は何が欲しいのかもわからないまま、とにかく欲しがる人は、時の力を知りません。

時の力は、例えば余韻を楽しむことであり、時の経過につれて香りが変わる楽しみを知ることであり、時が経つにつれて形が変わる妙に、自分を開くことです。

手元に塩ときゅうりしかなくても、きゅうりをどんな風に切るか(どのくらい時間をかけて切るか)、切ったきゅうりにどのくらい塩を振るかだけでなく、そこでどれぐらい時間おくかで味わうんと変わります。浅漬けと10年物の古漬けでは、全く味が違います。時の力です。

同じように、全く同じヨガのメニューをするにしても、どこに意識を向けて、そこにどれくらい時間をかけるかで、身体は違う変化を見せてくれます。

時の力を知る人はエクササイズ1つとっても、あれも足りないこれも足りないと新しいものにどんどん手を出すのではなく、今あるいわば「塩」を生かすために、さらにそのバリエーションに触れるために、時の力に頼り、結果として自分自身が豊かな世界に導かれています。

より大きな助け

人生全般において、初めは、確かに的に向かって真剣に何かをする練習は必要なのです。だから、目標や夢を持って、そこに向かいながら何かを得ようとする意図も持ってみることは有用です。物質なら、これでほとんど手に入るでしょう。

しかし、それはごく当たり前にできるようになった、人生の次のステージにおいては、はじめのステージで学んだことと、「破」&「離」の関係になります。そして「何を得よう?そのために、何をすべきか知っている」というひとつ前のステージで身につけた態度は捨てて、どんな意図も持たずに待つことで、より大きな助けが来ることを、経験していきます。

なぜなら、本当に何を得ることができるか、わたしたちは決して知ることはできません。このほんとうのところに、自分を解き放てることこそ、謙虚さだからです。そうすると、手のひらサイズをこえた、手を大きく広げてやっと受け止められるサイズのものが、来るようになります。繰り返しますが「もっともらえるから」と、手を広げるのではありません。まして「あれがほしい」と狙うなら、初めのステージに逆戻りです。

狙って得られるものは、ごくわずかです。「本当に何を得られるか知ることができない」というほんとうに、自分を解き放つときに、大きな力強いものがやってきます。ここでは、失敗や絶望が初めのステージとは、違って見えるのです。ワークショップ「失敗の力。絶望の力」の締め切りは、今夜21時までです。

そのポーズきついから嫌?

地面に座って、足を前に移動して、つま先や足裏を触れるような前屈を、皆さんのしたことがあると思います。

この時に「背中のストレッチが目的だから、ふくらはぎや太ももはリラックスできる状態を保ってくださいねー」といっても、ふくらはぎや太ももがつりそうになるまで頑張る人がいます。

「ほら頑張ってるでしょう」と言う見栄に他なりませんが、この時に「あのポーズがきついからもうやりたくないな」と言う感想まで持っちゃうのです。

繰り返しになりますが「ふくらはぎや太ももはリラックスした状態を保つように」と、こちらからは伝えているのです。だけどご自身のエゴで「いやいやそんなこと言っても、もっとできるし」とがんばっては「あのポーズはきついから嫌です」と言ってくるのです。

きつい嫌なポーズにしたのは、自分のエゴなんです。そうやって「がんばる」と言うエゴをいつも稼働させて素直じゃないのは、ご自分なんです。背中のストレッチなのに、ふくらはぎや太ももにまで拘るみたいに、いつもフォーカスするポイントを間違えてしまうのは、ご自身の方なのです。こういう状態にあると、失敗や絶望の力を活かしていくことができません。

形をまもろうとするから、失敗に嫌われる。

ふと気づくと「できない」って、自分を責めてしまっていると、その焦りと不安から、外へと求めるようになります。ぐらっとしたから、手すりにつかまるのと同じです。

でも、特にヨガなどしている方は、実感としてハッキリ認識されていると思いますが、グラッとしたときに何かにつかまっても、そのポーズがもたらす恩恵には触れられないのです。では、どうするかというと、より一層足裏で大地を押したり、より一層左右の足を押しあうという「力を出す」ことをしていきます。

足を前後に開いていたとしても、内もも同士を押しあおうとする矢印を自分にプレゼントするだけで、ポーズは安定し、効くべきところに効いてきたりします。それは、形をまもろうとするのと、全く違うプロセスです。

つまり、「できない」って、自分を責めているときには、形をまもろうとしてしまっているんですね。お母さんという「形」とか、経営者という「形」とか、自分の本来の質を生かすのとは、違う方向です。形をまもろうとすると、失敗の力や絶望の力を生かそうという発想すら、生まれなくて当然です。失敗や絶望が力をくれるのではなく、あなたを嫌う存在になってしまうんです。

良い変化の拡大

お気に入りが変わったら、ぜひしてほしいことがあります。お気に入りの物の価格や大小は関係ありません。

それは、手持ちのすぐできる範囲でいいので、自分がずっと使い続けているものを1つでも変更することです。例えば、アラームの着信音を変えたり携帯の着信音を変えたり、家に帰ってまずすることの順番を変えたり、そんなお金も時間もかからないことでいいのです。

例えばこの春私は、主に使うペンが、長らく使い続けたフリクションペンから、ぺんてるのENERGELに、変わりました。ポイントはインクのクリアさと、書き心地でした。触感に含まれる気持ちよさが、消せるいう機能の気持ちよさを上回りました。

特にスケジュール面で、電車の遅れや台風や水害などの影響を受け、私の住んでいる地域では何もなくとも、クライアントさんの予定が変わることがあります。そこから、アクションペンの愛用が始まりました。

しかしスケジュール以外にも、フリクションペンを使用し続けた結果、消す機能の多用が、消せない気持ち良さをも伝えてくれました。1本先で消して、それまでのプロセスを残すことに美しさがある場面に、はっきり気づかせてもらったのです。

そして、こうしてお気に入りが変わるときは、気持ちの良い音や気持ちのいい匂いも大抵変わっています。だから、身の回りの音や匂いや触り心地を、その日のうちにできる範囲で無理なく変えておくと、自分の良い変化を大きく拡大できます。

恋愛と結婚のちがい?

「男の人にとっては、やっぱり結婚と恋愛は違うのか」「この世代は恋愛と結婚の違いは、あまりないよね」といった外部のざわざわに耳を傾ける前に、自分にとっての恋愛と結婚をそれぞれクリアにしましょうか。

あなたにとって恋人は、歩きにくいから長時間は履けないけれど、プチプラなのにゴージャスに見えてフォーマルな場にもOKな、スタイルよく見せてくれるハイヒールのような存在でしょうか? それとも、あなたにとって恋人は、どこにでもスタスタ歩いていけて、洗えばいいから汚れを気にしなくていい反面、フォーマルな場では履き変える必要があるけれど、それでも大好きなスニーカーのような存在でしょうか?

この場合前者が、うっかり結婚してしまうと大変でしょう。長時間履けないとわかっている存在です。後者の人は結婚後に「恋愛と結婚の間にあまり差がない」と、友人達に話しているかもしれません。

人生は、パーティー会場のようにふかふかの絨毯が敷き詰められているわけでもなく、凹凸だらけで時に遠回りもする道です。

だから、しっかりと足元から支えてくれる靴を履くことは、すごく大切です。恋愛なら、ミュールみたいな相手も一時的にありかもしれませんが、結婚相手はいわば、時々お直しながら、しっかりと履き潰す靴です。お直しのきかない、していることを前提に作られたプチプラの靴は、結婚相手としてはエントリーして来ませんね。

そして皆さんは、靴でいったらどんな靴なのでしょうか? もし皆さんが、登山靴のようなら、登山家のような相手からは熱烈に求められるでしょうし、トゥーシューズなら万人うけしなくて当たり前です。相手に求める前に、自分の実像を知っていくことが、すべての始まりではないでしょうか?

自信って何?

みなさんにとって、自信とは何でしょうか?ちょっと自分の言葉を探してみて、それから続きを読んでみませんか?

わたしたちは、しばしば必死で得たはずの居場所を「これでいいのかな?」と疑います。「本当にこの職業になりたかったのかな?」「なんで、この立場引き受けたんだっけ?」「母親がこんなにきついと思わなかった」こんな感じです。

そして、一度その居場所を失って、なぜ今自分がここにいるかがわかっているとその感覚を自信と呼んだり、またそこにつながる憧れる感覚(例:初めてコックピットから空を見た感覚/初めてメスを握った患者さんの後ろ姿)を思い出すと、自信が戻ってきたように知覚したりします。

ただこれらは、比較的浅い感覚です。だからこそ失ったり蘇ったりします。自信はもっとやさしくて柔らかくて、伸び縮みするような感覚です。そして、そこにアクセスできる権限は、いつでもみなさんが持てたりします。

月は欠けない、人も欠けない。

コーチングで基盤にしている考え方の一つに「人はそもそもwholeであり、欠けたところがない」があります。月は地球から見ると、欠けたり満ちたりしてみえますが、実際には、太陽と月と地球という三者の関係によって、そう「見えているだけ」で、月自体が欠けたりはしません。

(もし、月自体が欠けたり、新月の時に至っては消滅しているとするならば、毎回同じように膨らんでいくという神業をわたしたちは見せてもらっていることになります。その方がすごいかも…)

先日の中秋の名月の次の日は、満月に当たりましたが、2019年で一番小さく見える月でした。同じように大きく見える月もありますが、これもやっぱり、月自体がその大きさを変えているわけではありません。

人も同じです。その人自体は欠けたり満ちたり、小さくなったり大きくなったりしません。ただ色々な関係性の中に生きているため、欠けて見えたり満ちて見えたり、小さく見えたり大きく見えたりするだけです。

自信がない時、自分でも自分が細い三日月や新月に見えていたり、自慢げに見えるときには自分では自分が大きいと思っていて他からは小さく見えているのかもしれません。でも、月はいつもまあるくて、大きさも変わりません。変わらない喜びが、そこにあります。

毎日すこし寂しくてちょっとブルー、くらいがいい。

寂しさやブルーな気分になることを、台風一過の青空を再現するように一掃しようとするなら、あなたは完璧主義というすこし危険な状態にあります。生きていれば色々なことが、様々な角度から同時進行で起こるのが当たり前です。

「毎日晴れやかです」「朝から寝る前まではしゃいで生きてます」だと、現実が見えていないか、より大きなシステムのコマに、既になっています。現実も全体もみえない、危険な状態にあるということです。

青空だって、雲一つない青空が一日続くようなことは、まずありません。写真を取られる方は、青一色の空だけを撮って、誰かに送ったりはしないでしょう?つまらないし「雲一つない」が、それだとむしろ伝わらないからです。「山の上に広がる空に、雲一つない」という「山」がある絵の方が、快晴であることが伝わります。ちょっと雲のある空を送ると「青空きれいだね」と返ってきたりします。

フォトショップで雲を消したような不自然さではなく、少し寂しい瞬間があったりちょっとブルーな一瞬がある自然さを、あなたの生活にも持ち込んでみませんか?

おしゃれが苦手なら、情報量で捉えてみる

単発コーチング、今夜で締切です。さて、「おしゃれが苦手で、本は好きなんです」という方、いらっしゃいませんか?ひとつ試していただきたいのは、おしゃれも情報量で捉えていくことです。

あなたが好きな本を手元に数冊、用意してみて下さい。読まずにただパラパラめくって、情報の密度を確認します。結果として、あなたの好きな本は、文字がびっちり書いてある本でしたか?ちょっとフォントや空白に凝っている本でしたか?絵本のように、文字は添えてあるボトムラインという感じで、絵と空白で表現するようなそんな情報の配置がされている本でしたか?

文字がびっちり書いてある本は、言うならばタートルネックです。顔周りの情報が多いと、捉えることができます。いくら、文字がびっちり書いてある本が結果的に好きだとしても、空白ゼロだったら、ちょっとおどろおどろしい感じがしてしまうというか、耳なし芳一のような怪談を思い出してしまいませんか?

もし「確かに!」と思っていただけるなら、タートルネックを着たときには、顔周りの情報は増やさない方がいいでしょう。大ぶりのピアスより小さいピアス、できればピアスよりも顔周りにペンダントトップがこない長いネックレス、凝っているふわふわヘアより、バレリーナ的なきゅっとまとまったシンプルエハの方が、情報量をふやさないで済みます。

空白のうつくしさが、どんどん読み進めることを助けてくれるような本が好きなら、情報量の点では、鎖骨だけでなくデコルテもしっかり見える服が好きかもしれないと、言い換えられます。そうしたら、情報を少し増やしたり、癖のあるフォントを使うように、癖のあるものをもってきて、アクセントにするといいですよね?アクセサリーを使いたくないなら、服の柄を大柄にするだけでも、情報量は増えますし、髪を下ろせば情報量は増えます。

そんな風に「応用して」捉えてみると、苦手なおしゃれと好きな本の世界もつながっていきます。好きなものはそんな風にみなさんの自立を、とことん助けてくれます。

日常をしばる感情

昨日の続きです。

それでは、わたしたちを後ろへと引っ張る感情には何があるでしょうか?きっと、みなさんはパッと思い付いたと思います。その通りです。ひとつは、恐怖なんです。でも、後ろへと引っ張るのは、生存のためのブレーキですから、必要なことです。アクセルだけの車は、こわすぎます。恐怖は、基本的に対象や条件を持っています。「引いたり満ちたりする水、つまり海が怖い」や「声の大きな男の人が怖い」といった感じです。

ただ、いつもブレーキがかかっていたら、そのまま時にアクセルをふかし続けることになったら、どうなるでしょうか?車は随分早く壊れてしまいそうな気がします。

いつもブレーキがかかっているように、日常でわたしたちの行動をしばって、前向きになれないようにしてしまう感情があります。実はそれが恥なんです。つまり、例えば、悲しんでいるから前に進めないように見えている人の中には、深く恥がブレーキを引いていて、自分という存在を恥じているからこそ、前に進めないだけだということなんです。

実は、酷い経験をしたとき、それがトラウマになるかどうかは、その人がどれだけ自分を恥だと感じるよう植え付けられてきたかと、深く関連していると言われています。

冷たい感じがする

あの日、あなたは「冷たい感じがする」なんて言われて、落ち込んでしまったんです。でも、もしかしたらその続きがあるのかもしれません。

その言葉を言った人は「その冷たい感じが、熱が出たときに額に当てられた冷たい手のようで気持ちがいい」と言いたかったのに、あなたに話しかけてきた他の誰かに遠慮して、そこまで言えなかったのかもしれません。

みんながはっとするような冷たさがあるからこそ、それがあなたに神聖さのようなものをもたらしてくれて、あなたはそれにより、知らず知らず守られていたのかもしれません。

「冷たい感じがする」を断罪しないで、その豊かさを受け取ってみてはどうでしょう?

デザートがご飯代わり?

「デザートを食べたから、ご飯はいらない」と、お子さんに言われたら、皆さんはきっとお子さんを叱ると思います。そんなことを言っている同僚がいたら、ちょっと心配になると思います。

ところが、構造的には同じことをしている大人がたくさんいます。夫婦間において、ごはん(夫婦愛)の代わりに、デザート(親子愛)を求めて「甘くないから嫌。全部茶色だから嫌」というかのように、自分を差し置いて相手に違和感を突きつけ、やがて破綻していくのです。

親子愛と夫婦愛は質が違います。だから、親子愛において優しさに見えることも、夫婦愛においては苦しみにすぎなかったりします。

理想的な父親像を求める奥さんは、旦那さんの起業に怯えます。理想的な父親は、いつも安定をもたらしてくれるはずの存在なのに、夢が破れて、いわば小さな女の子になってしまうのです。

理想的な母親像を求める旦那さんは、普段子育てや家事のほとんどを奥さんが負っているのに、自分が家庭に仕事と一緒に持ち帰ったイライラや緊張は差し置いて「母親のくせに」「それは母親としてどうなんだ」という言ったりします。何でも受け入れて抱きしめてくれる存在じゃなかったのかと、やっぱり夢破れて、小さな男の子に戻って騒ぐのです。

デザートはご飯の代わりにならないのです。明日に続きます。

逸脱的な混乱した振る舞い。

虐待とは、愛情を受けるべき時に、攻撃される経験です。そこから、愛情と攻撃の混同が始まっていきます。さらにそこから派生し、トラブルは力で解決すると学んでしまうのです。

さらに虐待時に「殴られるのはお前が悪いからだ、わかってるな」「悪かったごめんなさいと言え。強情だな、反省してるのか?」「このことは誰にも言うな。言ったらお母さんが悲しむぞ。そうなったらお前の責任だ」のように言われて、自分のせいだと思い込まされることが多いのも、虐待の特徴の1つです。

こうしたことから派生して、虐待された経験を持つ人は、ストレスがかかると逸脱的で混乱した振る舞いになってしまうことがあります。

逸脱的で混乱した振る舞いをする大人があなた自身であったり、周りにいるなら、トラウマで苦しんでいるのだと言う認識も、あなた自身の人生を前進させる一になるでしょう。

人生の喜びを増やすには?

人生の喜びを増やしていくには、主に3つが必要です。真実を語ること/自分に正直であること/責任をとること、です。

これらは1歳ぐらい〜3歳位までの間に、正しい意味でのしつけによって、獲得されるものです。例えば、私たちが自分に正直にあれないと、絶望します。絶望する時必要なのは、自分に正直であるための助けだということです。

真実を語ること/自分に正直であること/責任をとること、が獲得されていれば、私達は真に望むものを選択できます。この状態を自律しているといいます。

人生の喜びがどんどん増えていく人は、間違いなく若々しく見えると思います。そしてそういう人は、必ず自律しているのです。つまり、真実を語り、自分に正直で、責任をとる人なのです。

尊敬は、うつくしさ。

自分が誰かのことを尊敬しているかどうか、はっきりわかる感覚があります。それはうつくしさです。

相手を見ていてどこかの瞬間で「うつくしいな」と思えていたら、そのうつくしさを忘れられないと思います。これが誰かを尊敬しているときに、あなたが感じる感覚です。

コーチングを生業にしていて、自分の「できなさ」にぶち当たることは、非常によくあります。同時に、そこからが素晴らしくて「あー何もできない」という感覚にステイすると、その無限がクライアントさんの住む世界の分断をいつのまにか消して、その間クライアントさんのうつくしさはずっとキラキラしていて、気づいたら一緒にwholeな世界で幸せを感じているんです。

うつくしさは、そんな風にわたしたちを自然と尊敬し合う関係へ導き、一体感というしあわせを経験させてくれます。その瞬間、わたしたちはとても若々しくよみがえるんです。