聖なるひととき

みなさんに家庭があってお子さんもいるなら、朝早く起きて、お弁当や朝ごはんを作ったりしているかもしれません。

そうしながら飲んでいるコーヒーは、コーヒーの生産者たちが、朝霧にまみれてコーヒーをつむ前のそれと、同じ感覚をもたらすものかもしれません。孤独に見えて、世界の裏側とシンクロする聖なる時間に、わたしは守られているんです。だから、朝のこの時間を、あなたは誰にも渡したくないんです。

夜が明けてリビングが光で満たされる頃、「起きて〜!」と大声で叫びながら、シンクの掃除をしていると、いつものように排水溝に水が吸い込まれて、ゴォッという音が聞こえてきます。

生ゴミも一緒に粉砕してくれるズボボーッという音と共に、得体の知れない嫌な気分がきれいに消えていきます。その音も目覚ましになって、みんなが起きてきます。

私はこの後のお皿洗いが少し楽しみになって、排水溝を見つめながら、深い安らかな表情になっているんです。青ざめやつれるようだったあの音が、いつの間にか、私の勇気に変わっていくんです。

自分の姿を手に入れる!

残念なことに、自分の姿を手に入れることなく、亡くなっていく方が大勢います。イソップ物語に出てくる、肉を加えた犬の話のように、自分の姿を水面にみても、それを自分と認識できないからこそ、「あの肉が欲しい」と唸って、既に持っていたものを失ってしまい、その果てに自分の姿そのものが大きく変わり果ててしまう方も、たくさんいらっしゃいます。

何かで失敗したときに「自分は何かが足りないんだ」と発想して、余分な何かを付け足して、自分の姿の原形がわからないようになってしまう方もいらっしゃいます。挫折したときに「自分がいなければいいんだ」と思って、自分自身を根こそぎ奪おうとする方もいらっしゃいます。

「今の自分で本当に十分なんだ、特別じゃないから失敗したわけじゃなくて、特別だからこそ余計なことはしないで、何かに当てはめたりせずありのままの姿で、堂々と前に進んでいくんだ」と思える時、わたしたちは、水面に映る姿が自分だと認識できます。それが、あなたが自分の姿を手に入れる瞬間です。

自分を楽にしよう。

普段努力しているなら、自分を楽にする声掛けをしてあげることで、能力だけでなく魅力や強みを表に表しきることができます。例えば「今日も頑張らないと(ダメだ)」と声をかけるなら、単に自分を抑え込むことになります。抑え込みながら、外に向かって自分の能力・魅力・強みを発揮できるでしょうか?真逆の力が同時に働いているのですから、ものすごく疲れるのに、能力・魅力・強みはあまり発揮できなくて当然です。

身体から勝手に力が抜けてしまって、身体に力が入らないという意味ではなく、身体にエネルギーが漲って、心には情熱がある状態で、力をすっと抜いてあげるのです。気張るのではなく、気楽にやるのです。この引き算は、以下に書くようなことがあると、うまくできないかもしれません。

まずは「うまくやろう」とすることです。「もうこの仕事は、○年目だからうまくやろう」「部長に期待されているから、うまくやろう」「産休前だから、うまくやろう」「苦手な作業が多いから、この仕事うまくできるかしら?うまくやらないと…」「初めてプロジェクト・リーダーを任されたから、うまくやろう」「初めてでよくわからないけれど、うまくできてるかな?うまくやらないと…」様々なパターンがあるとは思いますが、こんな感じです。

上記の内、「苦手な作業が多いから、この仕事うまくできるかしら?うまくやらないと…」「初めてでよくわからないけれど、うまくできてるかな?うまくやらないと…」は、いわゆる自信がない状態です。その内「苦手な作業が多いから、この仕事うまくできるかしら?うまくやらないと…」については、陰で努力していないのは論外だとして、実際にはその努力でだいぶましになっているのに、自己評価が過去のそれに留まっているだけというケースがあります。実際よりも、自分を低く評価してしまっているのです。その場合は、自己認識のアップデートの仕組みに、テコ入れをすればいいだけです。

上記の内「産休前だから、うまくやろう」「初めてプロジェクト・リーダーを任されたから、うまくやろう」などは、心配にも近いでしょう。こうして心配を積み重ねると、自分から力を奪ってしまうのです。例えば「ベストを尽くそう」とそんな自分に言ってあげたら、見えるものも変わりませんか?

上記の内「もうこの仕事は、○年目だからうまくやろう」「部長に期待されているから、うまくやろう」は、視座が他者に移ってしまっています。冒頭の「今日も頑張らないと(ダメだ)」と同様、飲み込まれた語尾として「そうじゃないとダメだ」が隠れている、自己否定の状態です。○年目なら、部長に期待されるほどなら、むしろ「自分はどうしたいか」に視座があり続けないと、おかしいでしょう。

もうプレゼン本番なら、任されたプロジェクトが走り出したのなら、今日も就業時間になったのなら「今日も楽しもう!」と、心身から余計なこわばりは解きませんか?「緊張するからできない」という言い訳は、単に「表現するほどの自分がない」という勘違いに過ぎないかもしれませんね。

カサンドラ症候群

今日は、夏至で部分日食ですね!

さて、1997年、ASDの中でもアスペルガー症候群にあたる方の配偶者や家族など親しい人の中にみられる、アスペルガー症候群にあたる方に話が通じず孤立し自責的になる状態が、カサンドラ症候群症候群として注目されるようになりました。

そして2000年には、上記の「話が通じず孤立し自責的になる状態」が、進行中の心的外傷体験に関連していると、みなされるようになりました。

毎日少しずつ確実に進行していく、心的外傷体験の積み重ねは、あまりに壮絶な体験です。が、その一つ一つが津波のような強烈さを持たないため、専門家相手でないとなかなか理解してもらえない現状が広がっています。しかし、自分の評価・時間が根底から揺らぐ危機的な状態が、カサンドラ症候群です。

アスベルガーを含むASDは、その脳の特性や、ゆえに経験されてゆく二次障害を理由とし、一般に穏やかな人に見えてしまうことがあります。そうすると、例えば父親が大きな声を出す人だった女性にとって、穏やかに見える男性と言うだけで、理想的な男性に見えてしまうことがあります。その女性が、自分のそうした相手にすがりつかせる思いの根を見ようとしない限り、相手を理想と位置づけ続けるために、自責の傾向は強まってしまうのです。(一例に過ぎません。ASDの女性もいますし、暴力的な父親のもとで育った全ての人が、こうした傾向を持つわけでもありません)

こうしたことの根は、やはり自分の寂しさや恐れをきちんと見れるところから始まるのではないでしょうか? つまり、内省できないで反省ばかりしていると、それが自らを死に追いやる展開もあり得るということです。

うつ病で入院まで行かなくても、カサンドラ症候群の方はかなりいらっしゃいます。(もちろん、男性にもいます) どうぞ、ご自身がカサンドラ症候群でないかと言う視点でいちどご自身を省みてはいかがでしょうか?

トラウマ後の機能向上

こちらに書いてありますが、トラウマという概念は、19世紀以降、鉄道の発達と共に確立しました。そして、1990年代からは、トラウマからの回復後、むしろその人の以前のレベルを上回り、機能していくケースが、約半数にのぼることも、わかってきました。

トラウマというと、多くの方が「まぁ、そんなかわいそうな人がいるのね」と、自分に関係ないそぶりをしますが、これはほぼ全員が持つものです。交通を代表とし、産業の発達がもたらした便利さと呼ばれるものは、こうした副産物をたくさんわたしたちに届けたのです。

しかし、トラウマからの回復後に、上述したように「むしろ以前のレベルを上回って、その人が機能していく」ケースがあるとすると、皆さんはどう思われるでしょうか?人間として深みを増すといった、ふわっとした状態を超え、機能レベル自体があがるという指摘を、どう受け止めますか?

そして、そうしたケースもそうでないケースも含めて、トラウマとは皆さんのリソースであることを、改めて強調しておきたいと思います。

柔軟さを育てる

大人の発達障害が増えています。特に、ASD(自閉症スペクトラム障害)は、その詳細を問わずコンサルタントに多く見られます。ASDの脳は「見通しが持てれば、不安が消える」「人の言葉を真に受け、暗黙の了解や相手の意図に沿った文脈や言外に示されていることは、受け取れない」「愛情がある人を信頼するのではなく、自分の予想通りに動いてくれる人を信頼する」といった、特徴を持ちます。

子供の場合なら、自律スキルやソーシャルスキルをトレーニングしながら、定期的に精神科医や臨床心理士と会っていくことで「臨機応変な人間関係は苦手だけれど、協調しようという気持ちはある」といった状態まで生んでいける、つまり診断名が消えていくような状態にまで持っていけることが、わかっています。

しかし「いい親として認められたい」自己愛の強い親だと、「あなたのお子さんは発達障害かもしれない」と言われて、責められたように感じるという、おかしな反応をしたりします。そして、子供が柔軟に社会生活を送っていける機会を、奪ってしまうのです。

また、ASDでなくとも、自律スキルやソーシャルスキルに欠けた大人は大勢います。自律スキルは、できないことを無理しないという危機管理能力を含みますし、またできることを意欲的にこなしていくというサボらない姿勢も含んでいます。ソーシャルスキルは、最低限のルールを守る他に、できないと思ったら他者に同調してなんとなく乗り切るのではなく、誰かに相談できる力を含んでいます。つまり、自律スキルとソーシャルスキルは「どんなに失敗しても折れずに、試行錯誤を続けられる」という心の柔軟性を生んでいくものなのです。

そこに注目すると「わたしは発達障害じゃないから」「うちの子は発達障害なんかじゃない」というジャッジやこだわりからは得られない、豊かな世界があなたが発達障害であれそうでないのであれ、あなたを潤してくれるでしょう。

喉から、気位を吐き出す。

医療従事者の方で、アイソレーションガウンなど必要な方は、こちらぜひご確認くださいね。

さて、これから起きるだろう複合災害では、無傷の救援者があなたを安全な場所に移してくれて、あなたを守ってくれるということは、ありません。穏やかな日常で、あなただけが怪我した時とは、勝手がまるで変わります。

みんなが被災者になるからです。道具や手段もないまま、何とか自分も回復しながら、傷ついているからいつもほどは力を発揮できない者が集まった状態になるのです。

そんな時にも、そしてより冒険できる自由や踏ん張れる自信のある日常を送りたい時にも、トラウマというリソースの解放は、みなさんの存在を確かにします。

未来を守るために、何もないと思っていたのに先手を打ってトラウマ治療を始めてみた人達は、この半年で今までなら不可能だったことが当たり前になる喜びを生きています。

喉にプライドが詰まっているみなさん、それを吐き出して、FAPで柔らかい力強さとしなる自由を、手に入れませんか?

もう耐えなくていい

誹謗中傷は、表に出る人につきものと、まるでセット商品の一部のようにされてきました。表に出る側が、そのように考えてなんとかおさめられないものをおさめ、生きていこうとするのは、まだわかります。内では葛藤を抱え続けながら、表ではやりくりをしていく一時的な術だからです。表に出るものがそう表す時は、即ちそうした葛藤が今でも続いていることを、表しているのです。

しかし、最近では表に出る人も表に出る度合いが違う人に対して「誹謗中傷を超えたらすてきな世界が待っている」と胡坐をかくようになったようですね。これは、本当に痛ましいことです。なぜなら「誹謗中傷を超えられなかった」と相手を「弱く/下に」見ていることが含まれています。すなわち、どういった誹謗中傷だったかやその量・表に出る度合いの違いについて、認識がないからこそ、このような発言が口からなのか手からなのか、出てしまうのです。自分と他人の違いを認められない痛ましいほどの未熟さが、そこには存在しています。

自粛が明けて「ようやく普通に戻れる」「元の生活が戻ってくる」という何気ない一言も同じです。新コロ下で、倒産した会社もたっくさんあります。大事な人を失った方もたっくさんいらっしゃいます。そういう人たちや状況が意識に内包されていないからこそ、自分とその周辺だけを見据え「ようやく普通に戻れる」「元の生活が戻ってくる」と言えてしまうのです。そして、尻ぬぐいに慌てふためいて「亡くなった方にはお悔やみ申し上げます」などとつけて、駆け込み乗車で間に合ったかのように涼しい顔をするのです。

新コロに限らず、元に戻るということはありえません。そうだとしたら、髪も伸びないなど、新陳代謝自体が起きません。それは死ぬということです。つらいことを乗り越えればいいことが待っていて、そこまでするのがメンタルの強い人だという幻想も、いい加減に破棄しましょう。それは、もう下ろせなくなった銀行預金の通帳みたいなものです。現実を見て行ける強さは、いつもあなたの中に内在していて、それが難しく感じるのはちょっとした工夫が足りないだけです。創造性の発揮へと、意識を向けてみましょう。

田舎で出会う意外性 ~ファッション編~

「アヌシー国際アニメーション映画祭、ベルリン国際映画祭、ロンドン映画祭、カンヌ映画祭、グアダラハラ国際映画祭、マカオ国際映画祭、ロッテルダム国際映画祭(新規)、エルサレム国際映画祭、ムンバイ映画祭、カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭、ロカルノ映画祭、マラケシュ国際映画祭、ニューヨーク映画祭、サン・セバスティアン国際映画祭、サラエヴォ映画祭、サンダンス映画祭、シドニー映画祭、東京国際映画祭、トロント国際映画祭、トライベッカ映画祭、ヴェネチア映画祭」が集合してYoutube上で、We Are One:A Global Film Festival(5/30~6/8)が始まっています。簡単に言えば、良質の映画を、無料でネットがあるなら世界のどこからでも見られる環境が整ったスペシャル期間の今、ということです。またとない機会!何を観ようかな~。

さて、今日は、お耳で聴いて頂くブログです。今回は、わたしが田舎に住み始めて意外な方向から変化を迫られたことを、ファッションの切り口からお届けしています。結局、ファッションは都市に帰属するものだなと思ったし(衣服は帰属範囲がもっと広いけど)、その見落としに気づけたことが面白かったんです。

ファッションという点では制限がかかっているのですが、その分思考は自由になっています。では、具体的にはどんな制限がファッションにかかったのかを、①靴に注目すると…? ②色合いに注目すると…?の二点から、お届けしています。

よかったら、お耳三分間傾けてみて下さいね!ちょっとでも「田舎に住みたいかも」と思う方には、参考になると思います。

★今日も”thumbs-up”
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かんざし一本

現在はロングヘアにしていることもあり、そもそも季節ごとにしか行かない美容院に、新コロの影響でもう半年以上行っていません。その結果、前髪がなくなって、デコ出しです。

しかし、いつもならもうとっくに梳いているはずの髪がいてくれるために、今まで髪の量が足りなくて止まらなかったかんざしが、一発で止まるようになりました。見た目はともかく、ピンなどを使わずにかんざし一本で髪の毛が止まると、すごく便利です。ちなみに、かんざしは20代から、ベトナムでつくられた水牛のものを使っています。しなり具合が扱いやすく、また適度に感じる装飾が施されている上に、リーズナブルなことが多いです。

こんな風にして、わたしたちは常に変わり続けては、新しい機会を頂きます。その新しさにすぃっと乗っかってみると、新しい世界に連れて行ってもらえて、新たな心地よさを知り、次に選ぶものがまた変わっていく…、これが自然な流れです。

経験のない暑さ対策

年々、地球が病む度合いは深刻化し、それは毒を持つ生物の増加や頻発する災害といった、わかりやすすぎる形を伴って、私たちの身に骨にめり込みそうなほどしっかりと、感じられてきます。今年もとんでもない暑さになるという警告が、すでに気象庁からも発信されています。

10年前には、グリーンカーテン+朝夕の水打ち+年10回未満のクーラー使用で、どんな年も十分暮らせていました。しかし、5年前まで近づくと、グリーンカーテン+朝夕の水打ち+年1ヶ月はクーラー使用となりました。さらに、昨年はグリーンカーテン+朝夕の水打ち+年3か月はクーラー使用(除湿含む)+クールアッププラス使用でした。

去年は、近隣からの迷惑行為により洗濯物を外に干せなかったので、太陽光がまともに窓に当たっていましたが、今年は洗濯物を干せるので体感で2℃は下がるでしょう。しかし、さらに今年は、農業用遮光ネットも外側に設置することにしました。黒い色だと遮光率が90%を超えるのですが、暑くて真っ暗だとホラーなので、白を選んでいます。洗濯物の干しやすさも考えて、部分的に配置することにしました。また、強風の日に外しやすいようなタイプで、1~数年で廃棄したとしても気楽な値段のものを選びました。風をある程度通してくれるタイプであることも、考慮しました。

単純計算で行くと、クールアップ・プラス(遮光率:53%)と農業用遮光ネット(遮光率:55%)の両方を設置した部分については、何もしないところに比べて1/3くらいの光のみが届くようになるはずなので、その分涼しくなるはずです。だから、この後様子を見ながら設置したいと思っています。持ち家の方は、温度を下げてくれるペンキを塗るなど、他にもできる対策があると思います。

夜になれば気温がぐっと下がり、涼しい風にホッとできた地域でも、最低気温自体が年々上がってきていますから、今の内にしっかり対策しておきましょう。今だからできることがあります。

「がんばる!」は「助けて」の裏返し

今回は、オーガニック・ストアに行く途中、podcast作ってみました。この公園には池が3つ、より正確には池が3つあったところに「ここ公園にしまーす」というデザインが加わったのですが、そんな池の前で録ってみました。池にいる鳥たちの声や少しだけ風の音も入っています。

自粛に伴い、色んな人がカオスの中で変容するより「がんばる!」に向かっているのを感じています。「がんばります!」は、依然として日本社会では好評価を得やすいものの、実は真意は「助けて!」だったりすることを踏まえて、お話しています。自分の中のリソースに気づくことは、概して外的リソースへのアクセスより時間がかかったり、難しくとらえられがちです。

でも、自分の中のリソースにも気づいていけると、自然にゆったりとしたまま楽しく目的を果たして行けます。そんなことを、にぎやかな鳥の声(まだまだ鶯も鳴いています)に祝福されるかのように、お話しています。


●2020.4月スタート!「今日も”thumbs-up”」

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PCからは、上記どちらもアプリやソフトなしで、そのまま再生して頂けます。


ちなみに、地図を眺めたら、近所には他にも池があることがわかったので、近いうちに行ってみたいな!と思っています。

身体を休めるというアポ

一日のスケジュールを書き出したとして、最近では「将来についての不安」と書く時間帯が、生まれてしまっていませんか?

そうなると、身体はきちんと休まっていないでしょう。不安になりながら、リラックスして身体の余分な力が抜けて気持ちいいなんて、聞いたことがありません。

「身体を休めよう」と決めてみてください。一日のスケジュールに「身体を休める」時間を、きちんと書き込んでいくのです。先んじて、自分自身とアポイントメントをとってしまうのです。わたしたちにあるすべては、常に今だけです。そして、身体は常に今にしかいられません。だから、身体に意識が向けば、気持ちも落ち着きやすくなります。

さらに、不安を追いかけるといかに身体に負担がかかるかを、自覚できるようになるでしょう。そうすると、不安との付き合い方は、自然と激変します。

何より、とりあえず今、何事もなくいられているなら、思い切りそれを祝うことからはじめてみるのも、スタートラインとしてはありですね!

 

 

新コロがらみの素敵なこと

新コロ絡みで得たいい変化、クライアントさんに聞いてみました。(掲載許可済/ご協力ありがとうございました!)

・「オンラインなんて…」と思ってたけど、オンラインピラティスが気持ちいい(子供はオンラインバレエ)
・アパルトマンのみんなで、マルシェに出ていた農家さんに連絡して、直販してもらえることに!(支払いも小切手にクレジットカードに現金と融通をきかせてもらえた)
・在宅で仕事するから、子供(小学校高学年以上)にとって、社会科見学的効果
・子供が早起きして、自分のことをさっさとするようになった
・パートナーの仕事ぶりがかっこいいし、何が大変なのかを具体的に知れた
・今まで会社に期待していた幻に、ケリをつけられた
・何となくやっていた資格の勉強に、熱が入るようになった
・「もっと感謝したい」という気持ちが湧く自分に、自分を好きになれた
・ひと駅分あるく気持ちよさを知った
・自炊率が上がり、外食で得られなかった満足感を得られている
・学校が休みだから道が空いていて、通勤時間が今までになく短くて楽
・田舎への移住に、ついにパートナーが同意してくれた
・「人混みは恋しくならないけど、自然は恋しくなるんだね。郊外も悪くないのかも」と、頭でっかちのパートナーが呟いた。
・職場のタバコの混ざった変な匂いからの解放で、鼻の調子が改善した
・信頼があるから、研修の仕事も特別にオンラインに変えてもらえたと知り、それまでの仕事の仕方に◎を送れた
・新人研修が減った分 < 経営者からの相談 となり増収した
・外出許可証をコピーしてくれたりと、近所に親切な人が多いことを実感
・土地柄、そもそもあきらめていたサービス(オンライン診療やミニシアター系オンライン上映)に、手が届くようになり、前より便利
・交通量が減ったせいか、近所で前よりも鳥が鳴くようになり、音環境が改善した

全体として「あるべきスピードに戻っている」「より人間らしくあれる」と感じている方も多いようです。もちろん、学校の教科書がドライブスルー配布/病院での精密検査がキャンセルされた/オンライン授業には親が結局つきっきり(小学校低学年以下)で自分の時間がなくなった/教師をしているとむしろ一日の労働時間が格段に長くなった(宿題たくさん出してたくさん丸つけなど)など、マイナスととれる面もあると思います。「テラスがあってよかった!毎日ピクニック気分!」「庭があってよかった。何とかランニングできました!」といった住環境がらみの良かった/悪かったも、多数えりました。両方をちゃんと見た上で、それでもみなさんが見つけたいい変化には、どんなものがあるでしょう?

どんな変化を「いい」と思うかだけをみても、その人らしさが表れますね!自分らしいところに、ストレス耐性をあげる鍵があります。

深く立ち止まる

ジャッジしている人は、基本的に深く立ち止まることができません。

例えば、何か問いを見ても「いい問いなのか。悪い問いなのか」や「この問いを自分は初めてみるのか(≠初めて考える)」といったジャッジに忙しく、その問いに対する答えは考えません。しかし、そうして問い自体をジャッジすることを「問いについてよく考えた」と認識しています。これは第三者から見ると、もはやコントにしか見えないほどの滑稽さですが、本人には気づく余地がないのです。

この余地のなさが、ストレス耐性の低さとして現れて行きます。

雪だるま式改善

今、気に入っているリップクリームです。

さて、何かを改善(回復もその一部)するとき、①得たいものを、まるでその説明書を誰にでも分かる形で書けるようなレベルで、観察する ②小さな成果(説明書に書かれるだろう一つ一つのステップ)を実際の行動に移せる という2つのステップを経ることができると、雪だるま式に改善がなされます。

その意味では、わたしたちが逆境と感じる体験や大失敗と感じる状況では、上の2つのステップを「おびただしい」レベルで行うことが可能になります。そして、その時に、本当の意味で「ピンチはチャンス」が生まれていきます。逆境や大失敗こそを先生と呼べるような、感謝を覚えるような状態に、自然とはいっていけるのです。

逆に言うと、上の2つのステップを行わないなら、逆境や大失敗により、より閉じこもったりより偏っていき、いつまでも応用力が身に付きません。おそれずこわがらず、とにかく経験していくことです。

さぁ、力を呼び戻そう!

今日は、自分の力を呼び戻していきませんか?以下に、それを助ける5つの質問を用意しました。

Q1. 今年に入って、あなたが失ったもの・あるいは減ってしまったと感じることは、何でしょう?

Q2. それがなくなって、どんなことが始まりつつあるのでしょう?あるいは、それが減った代わりに、どんなことが表れつつあるのでしょう?

Q3. 今、問題だと感じていることは、どんなことでしょう?

Q4. その問題を抱えながらも、何とかやれていた時期は、いつですか?

Q5. その問題を抱えながらも、依然としてあなたたうまくやれている領域は、どんな領域でしょう?

上にこたえるだけでは力が戻ってこない方には、よかったらこんな道もご用意してございます。

「なくそう」は非現実的

創られているエンターテイメントの厚みが、心底すごいと思います。

さて、不安や恐怖を「なくそう」とするのは、非現実的な目標設定です。むしろそうすると、不安や恐怖を深めてしまうかもしれません。ストレスも同じです。むしろ、ストレスを適切にとらえ、人生の質を高めるチャンスとして考えていきませんか?

自分は大切な価値ある存在だという自尊感情が高いほど、ストレス耐性は高いことがわかっています。さらに「自分はこれまでもよくやってきた。今もこの状況下でやっていけてる。これからも大丈夫」という、いわば自分の実績への信頼が高いほど、ストレスを生む状況を改善していけることも、わかっています。

自尊感情が高い人は、自分自身に対して常に好奇心が向き続けます。例えば、病になったりトラブルに巻き込まれるなどしても、悲しんだりしながら、どこか「自分はこういう仕組みになってたのか~」と面白がっていたりします。自尊感情が低いと、自分に常に疑いと鞭を向け続けているようです。「自分はまたこうなるんじゃないか」と大騒ぎしたり、自分を疑い緊張させることで、仕事などを成し遂げようとする傾向があります。

自分の実績への信頼が高い、つまり自己効力感が高い人は、自分を次へと急かさずに「ここまでよくやってきたなぁ。今もなんとかやってこれてるなぁ。一見ネガティブに見える自分のこの癖は、実はより悪くなることから、自分を守ってくれているのかもしれない、、、それはどんなことか考えてみよう…その上でよりよい癖を身につけていきたい」と、よく考えています。自己効力感が低い人は「あーここまで終わったー。のんびりなんかしてちゃだめだ!そういうところが自分の良くないところだ。ハイ、次!」のように、いつも自分のお尻を叩いています。

ジャッジするのではなく、自分に好奇心を向けながら、細やかに「ここまでよくやったなぁ。今もやっていけてる。何だか知らないけれど、これからも大丈夫らしいよ」と、ご自身に声掛けして、ストレス耐性を高めていきませんか?

ストレス耐性を上げるには?

この方は、エンターテイナーなんですね。

さて、ストレスとは、わたしたちが「嫌だ」「大変だ」感じるもの、と言い換えられるでしょう。

そこで「いやだ」「大変だ」と感じる対象から逃げつづけると、私たちの中で強化されるのは「この嫌なことのせいで…」「あの大変なことのせいで…」という発想です。そうなると、自然災害が起きたり、感染症の流行で経営悪化に見舞われるような逃げ場がないときには、ものすごく追い詰められてしまいます。「この嫌なことのせいで…」「あの大変なことのせいで…」、つまり、自分にはそれをどうにかする力もないと、自分に言い聞かせ続けたも同然だからです。

実は、私たちが嫌なのは「この嫌なこと」自体や「あの大変なこと」そのものではなく、「この嫌なこと」や「あの大変なこと」が、あなたの内側に引き起こしていく反応の方です。

つまり、あなたの内側に引き起こしていく反応の方を変えることができれば、「この嫌なこと」や「あの大変なこと」が、ちょっと顔をしかめる程度の存在にかわるのです。つまり、嫌だったり大変なのは自分の反応そのものの方だと受け取れると、ストレス耐性をあげる余地が生まれていきます。

当たり前だったのに…

いろんな「当たり前」が崩れてみえる昨今ですが、そもそもあなたにとっての「当たり前」は、何から構成されているでしょう?

例えば「デパートがやすみ」となって、ガーンとなるのはデパートに毎月行くような方です。そもそもデパートがない地域では、ふーんというインパクトでしょう。ガーンとなった方は、「当たり前」の構成要素にデパートが入っていたということです。

みなさんが「当たり前」の構成要素としてカウントするのは、好き・必要・高い利用頻度といった項目に当てはまるものでしょう。

しかし、今、それ以外にもガーンとなったものがあるでしょう。また、好き・必要・高い利用頻度といった項目に入るのに、ふーんで終わったものもあるでしょう。これらが、みなさんの伸び白でありすきま風が吹いてくる箇所を伝えてくれています。すなわち、変容の足がかりとなるのは、これらです。

助け合おう!COVID-19スペシャル

このカオスな状況で、世界のあちこちでパニックが起きている(お家の中でひとりパニック含む)という状態を鑑みて、以下をリリースしました。


聞くワークショップ ミニ版
Chaos / 混乱」:  COVID-19スペシャル、災害時のお見舞いにも

内容:

[1] ほら、落ち着きはすぐ取り戻せる
[2] あっという間に、身体も楽になる
[3] 正体のわかった疲れを、自分で癒せる
[4] 混乱のはじまりに触れるから、ストレス下でもまもられる

▼ お申込み:https://ws.formzu.net/dist/S95385752/

概要:

  • 約20分間 / 1本
  • 一般:987円 / WS参加歴あり:654円 / 小中高生の学割:321円 (全て税込)
  • 9月末までの限定販売
  • お支払い:ご購入より三週間以内に、銀行振込み
    (海外在住の方は、ご相談ください)
  • キャンセレーションポリシー:お申し込み後のキャンセルは一切承らない

 


自分にできる範囲でですが「助け合い」を広げていければと思います。誰かがすべきことを代わりに担うために立ち上がろうという意ではなく、いい動きを個々人ができる範囲でして、いい波紋を広げていきましょうという意です。

お花もきれいに咲いて、わたしたちを助けてくれています。うつむいたときに見える地面だって、今はお花畑です。

新型コロナで奮闘中の医療従事者向けサポート

本日より、新型コロナウィルスに関し、奮闘して下さっている医療従事者に対するサポートをはじめます。全医療従事者を対象としているわけではないことを、念頭に置かれてください。

大変な状況の中、手探りでベストを尽くす瞬間を緻密に重ねている上に、偏見・差別・いわれのない批判・患者の急変・専門外への対処等が降り積もるから、医療従事者はトラウマをつくりやすい心身ともにボロボロになりやすい、非常に高いストレスを感じる状況に置かれています。睡眠や食事を犠牲にしているため、ご自身の免疫力低下も、当然気になるでしょう。

そこで、通常は募集時しかお受けしない、単発コーチング/オンラインWS「心の傷」について、新型コロナウィルスに関し奮闘して下さっている医療従事者の方に限り、9月末まで以下の条件で提供します。

– 当日お申込みOK(予定が合えばお受けするの意)
– 感謝価格として20%オフ

(なお、FAPにつきましては、既にお受けいただいた方が緊急事態に置かれた場合のみ、当日お申込みを受けております。医療従事者向けの割引対象には、含まれません。ご理解ください)

新型コロナウィルスに関し奮闘中の医療従事者向けサポート 〜9月末まで〜≫

単発コーチング(1時間のコーチング+1ヶ月以内の手厚いサポート×2) 20%OFF & 当日お申込みOK
オンラインWS「心の傷」(90分)20% OFF & 当日お申込みOK

お申込みと詳細は、こちらの専用ページからです!

医療従事者の皆様におかれましては、全世界でほんとうに辛苦の日々を過ごし、ご自分を犠牲にするギリギリの状況で心血を注いでくださっていることに、心から敬意と感謝を表します。

清らかに生きると、減災になる。

EUでは健康な10代や20代が新型コロナウィルスで亡くなっただけでなく、ソーシャルディスタンスを守り、不要不急の外出を本当にしていない人まで、新型コロナウィルスに感染し始めています。日本には未だ、ソーシャルディスタンスという意識すらありませんね。ぞっとします。

その上で、みなさん、マンホールのふたにピンヒールが嵌っちゃったかのように、新型コロナウィルスにばかり気を取られていないでしょうか?この状態で、地震・水害・風害など、毎年起きていることが重なってくると、どうなるでしょうか?

全体をみているでしょうか?例えば、滅菌にばかり気を取られて、自分の身体の細菌バランスを崩していないでしょうか?そんな視点から、2014年9月1日にアップした記事を引用します。よかったら、読んでくださいね。

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こんにちは、吉野実岐子です。

防災の日です。今年は身に染みる方も、多いのではないでしょうか?

水害だけでも、西日本に限っても、福岡・広島・兵庫・京都などで、水が出ました。広島の被害が大きかったことで、他のエリアの報道はあんまりでしたが、JR福知山線は10日ほど全線復旧まで時間を要していましたし、丹波(兵庫)では、農家さんのニュースレターに、このようにご報告がありました。

たんばる関係の農家さんの方は、平飼い卵の橋本農園さんが、一番ひどく、1メートル以上の土砂が堆積しました。他にも、知り合いの農家さんで、床上、床下等、家に被害が出たのは4件。田んぼに土砂等が入ったのは、8件程になります。

田んぼの普及はまだですが、家の方の土砂出し等はようやく終わりを迎えた所です。心配された、2次災害の土砂崩れ等は発生しておりません。今から準備をする冬野菜等には影響がでますがとにかく、皆さん元気です。一人も農業をやめることなく、今後も美味しい作物を作る決心をされています。また、秋の味覚である、丹波栗、黒枝豆等の圃場、生産者さんはすべて大丈夫です。

今後も、丹波からおいしい食べ物をお届け出来るようがんばっていきます。どうぞよろしくお願いいたします。

一方で、熊野のように、毎年のように水が出たり、台風の影響を受けている地域では、台風が来ると聞くと、とにかく1階の畳は上げることを、習慣にされているそうです。熊野でタクシーの運転手さんがおっしゃっていました。

平成23年の台風第12号(ちなみにこの時の台風の名前は「鋭さ」)の時には、上流のダムの水が満タンで「台風来るって言ってるのに、なんで満タンにしているのか」と、話していたところ、紀伊半島大水害のあの状況になった、だから人災の側面もあると、おっしゃっていました。

熊野では、バスの運転手さんも親切で、なぜか普通の路線バスなのに解説付きで、熊野本宮大社から新宮への道を走って下さり、「あの建物の二階まで水につかったんだよ」「この道路も水の下」「特にこの場所は、毎年水が出る」などと、おしえて下さいました。特に水が出やすいと仰った場所では、稲穂がふさふさしていました。

ローカル情報で恐縮ですが、京都も地震などが起きたら水だと、保険会社の方が言っていたと、先日ある方が教えて下さいました。減災のためには、実は、昔のように、川底を掘ったらいいだけだそうです。みんなが欲を捨てれば、ぐっと減災につながることが、ここでも見えてきますね。

みなさん、一緒に、欲をうんと減らしていきましょう!

最後に、土砂崩れの前兆現象を書いておきます。

・地震のような揺れを感じる。
・ガス漏れのような匂いがする。
・なんともいえない嫌な匂いがする。
・生臭いような、なにかが腐ったような匂いがする。
・こげたような匂いがする。
(石や岩がぶつかりあいながら、流れる)
・普段聞いたことのない音がする。
(ゴーッという地鳴り音の前に、きこえる)
・どこかから、ちょろちょろ水が流れ続けている。
・雨量が多いのに、川の水量は減っている。
(木などが流れ、どこかで自然のダムができている)
・水の流れに、木などが混ざっている。

遠くへ逃げられない場合は、高いところ/山や崖側でない/トイレ(面積に対して柱の多い部屋)に、逃げるとよいそうです。

そして、何より、欲が減っていくにつれ、清らかな空間をつくっていけるようになると、揺れても、不思議なほど物が落ちなくなります。清らかに生きるということは、あなたが思っている以上に、根源的な、力のあることです。

普段から、しっかりと備え、清らかに生きていきましょう!

サブスクは嫌い

この数年で定番化したサブスクリプション・サービス、わたしは嫌いなんです。利用者の質も提供サービスの質も無自覚に落としやすい仕組みだからです。これ以上、そうして人間社会の質がおちたら、人類は破滅です。

そんなサブスクリプション・サービスの中でも、セキュリティソフトについて、今年は大幅に見直しました。以前から、更新時のメニュー画面が「顧客にとって選びづらく、混乱してうっかり必要がないのに高いものを選んでしまえる」デザインに移行したことに嫌気がさしていましたが、2回ほどカスタマー・センターとやり取りをした際、会話が不成立なまま、何時間×数日も時間を吸い取られ、尊重のなさに愕然としました。

市場も変化し、他にもいいサービスを提供するところが多くなったので、市場を一番占めているところにお世話になる理由が消えたことも一因です。

今回は、こちらに変えてみています。今年に入って、みなさんも認識されていると思いますが、あらゆることが今までにない規模やスピードで起こるようになっていますから、突然崩壊する社会システムも出てきます。つまり、3年先ですら地球が火星化しているかもしれないわけですから、あえて1年しばりのものにしました。

長いスパンで考えるのは、長期で物を見ているようで、単に「そうすればこの後考えなくていい」という思考停止を含むことが、多々あります。

こうした「(他人にとっては)小さくみえる」不快をどんどん減らしていけないのは、心の傷のせいなんです。実際には「(自分にとって)巨大な」不快を減らして行けないと、今の新型コロナウィルス絡みで、ストレスがたまっているでしょう。

選択の正当化が愛着に。

冬のおうちヨガはモコモコを着て、やっています。

さて「愛着があるから手放せない」という場合、自分の思い入れでそのもの・人・場所の価値を、過剰にあげてしまっていることがあります。そこには「意味がなかったことにしたくない」「失敗なんかしていない」という、選択を正当化する動きも内在しているから「別れたら大した男/女じゃなかった」「辞めたら、世の中はもっといい会社だらけだった」という思いをすることになります。

過ぎた時間に向かって注いだエネルギー量を計算し、沼地にはまったようになると、なかなか前向きになりづらいでしょう。一方、潔く損や失敗を認められる人は、さっさと前に進んて行きます。

「でもこんなところがいいから」「こういう面もあったから」と思い直していると、真っ白なはずの今日がどんどん真っ黒になっていき、入ってくるはずだったチャンスも入ってこなくなります。周りが見えなくなっていき、すぐそこにある選択肢がないも同然になり、一つ失敗したときに「もうだめだ」とお先真っ暗になりやすくなります。

愛着を理由に迷う状態にある人は、過去にばかり目が向き、利益ばかり追い、自らの失敗を認められない状態であることがほとんどです。潔く失敗を認め、損得をこえる洒脱をまとえば、あっさり消える苦しみにまみれているのが、世の中やあなたです。

変わっていないところばかり見てしまう。

奈良は柿酢があるんですが、そこに大和当帰をつけたものを見つけてしまいました。焼き魚やカルパッチョに合うそうで、楽しみです。

さて、改善したところより、変わってないところに目が向き、怒りにとらわれてしまうのは。それだけ傷ついてきた証です。

心にたくさん傷を作りながら、頑張って絶望の中で生き抜いてきた自分は、うんと誇りに思ってください。そして、どんなに仕組みを作ろうと意志の力を使おうと、やっぱり自分にダメ出ししてしまうのは、心の傷が「そろそろ癒して」と言っているサインだと思ってみませんか?

自分でなんとかしようと、それでもさらに踏ん張ってしまうなら、それもまた心の傷であることを、どうぞ受け取ってください。自律とは、そんな風に意固地になっていない状態です。自立とは、もっと軽やかでフレキシブルな状態です。

フレキシブルに生きるコツ

突然のデータ流出ももはや仕方ないと片付けられるなあなあさも、デジタルに深入りしたくない理由の一つです。

さて、損得の見極めが賢さだと思っていると、結果的に自分をがんじがらめにしやすいでしょう。

例えば、数年縛りに同意すれば、安くなるサービスがありますよね?一見、中期的に得する良い選択肢のように見えるかもしれません。でもそれが原因で後々「もっと良いサービスを見つけた。だけど、もう少し我慢していれば、割引になるから」のように、むしろ自分から選択肢を奪う展開になりやすくありませんか?

そして、その数年縛りの感覚に慣れてしまって、その感覚をひきずり、逆に時代のリズムからずれていくのです。例えば一昔前なら、10年後を見据えてキャリア形成することが推奨されていましたが、今は10年後が見えない時代です。10年後を見据えるのが当たり前の時に数年縛りのサービスに申し込むのと、10年後が見えないのが当たり前のときに数年縛りのサービスに申し込むのは、意味が全く違います。

損得を見極めたつもりだったあの時、実際に選んでいたのは「考えなくていい」でした。

これがやがて「やめたいのにやめられない」へつながっていきます。やめたいのにやめられない時を俯瞰すると、目的を達成する他の手段がない時でもありませんか?他に選択肢がないと感じるから「やめたい」「これは間違っている」に手を出さざるをえなくなるというのが、本人の内側の世界で起きていることでしょう。

自分から選択肢を奪うことを、損得に基づいて考えられる賢さと誤解していると、選択肢を増やせない状況に入っていくのです。止めるのが大変な状況を作る習慣が身についているといえます。

なんでも1カ所にまとめれば支払いが割引になったり、長期的に使えば優遇されるようなものを好む方は、このパターンにはまっています。止めるリスクを下げておかないと、フレキシブルに生きられなくて当然ですよね?

みんなある仕事の悩み

デジタルの世界だとバックアップを最低2つはとらないとのように、やたらやることが増えるのも嫌です。紙なら「これだけなくさなければいい」とシンプルだから好きです。

さて、日常生活に問題を感じていなくても、仕事上で「取引先のあの怒鳴る人が苦手で、あの人が会議室にいると緊張する」「なぜかミスを多発して、ミス防止機能をつくっても、あまり改善できない」といった、能力が発揮できなくて悩んでいる方は、実はほとんどです。

そんな時に、知識不足や前の晩の睡眠不足など、何かの不足のせいにして「もっと頑張ろう」と思い直して解決した風を装っては、形を変えて悩みが続くのです。

そういう方が、仕事や職場に一切触れなくとも、トラウマ治療受けると、仕事や職場のあれこれに対する不安や不満や恐怖が消えて、自分の可能性に注目できるようになり、未来の展望が見えてきたり、元気に過ごせるようになったりします。

目標設定をがんばってもできなかった転職も、ひょいっとしてしまったり、苦手だった人になかなか言えなかった「ノー」さらっと言って後でそんな自分に驚いたりします。

トラウマ治療では、「気になること」を持っていっていただいています。気になることは、嫌なことだけじゃなくて「気になる人=好きな人」であるように、好き嫌いを問わず、とにかく自分の注意が自然と向いてしまうことを、持ってきていただいています。

例えば、冬だからだとわかっているけれど「冷えが気になる」や他の天気の時よりもやっぱり「雨が気になる」や「最近妙にトマトがおいしい。なんでか気になる」といった、普通の会話でも流されてしまいそうなことも、非常に重要なトラウマ治療の入り口になります。

今はまだ、期間限定で初回無料で受け付けていますので、よかったらふわっと変わったような変わらないような感じで、数ヶ月経つと大きな変化を生んでいるけれど自覚できないトラウマ治療の醍醐味を味わいに来てみてください!

本を読むのが苦手?

お正月休みに、本を読み進めた方もいらっしゃるでしょうか?

本を読むのが苦手と言う方に提案するよくある2つは、①音声読み上げ機能を使って、音で聞いてしまう ②この本を読む時間は1時間だけのように決めてしまって、目次を読み全体像をつかみかつ、その中の最も読みたいと思うところだけを読んで、その本を読む事はもうやめる です。

「全部読まなくちゃ」「初めから読まなくちゃ」が内側にある方もいらっしゃると思いますが、それは自分を助けるルールなのかどうか最選択しましょう。特に、アウトプットのための読書なら、自分の意見を出すために本を使えばいいわけですから、全部読む必要がそもそも消えます。

はじめに時間を割り当てることで、どんどん割り切っていく事は、皆さんの欲望を減らすことも助けてくれるでしょう。つまり苦しみが減るので、本に対して以外にも応用してみてください。根本的に解決したい場合は、実は心の傷が潜んでいるケースも多いのでトラウマ治療を試してみるのが、お勧めです。

それ、ストレスです。

お酒を全く飲まないので知らなかったんですが、大和橘や大和当帰をつかったジンがあるそうです。お酒を嗜む際は、ストレス解消ではなく、お酒の作り手さんや材料を大切に思って、飲みましょうね!

「このままではダメだと焦るのは、仕事の状況が~だから」と、片づけていませんか?これは、あなたがストレス状態にあることを示しています。食べすぎたり飲みすぎたり、お金を使いすぎるといった「過ぎる」ことも、ストレス状態を示す信号です。

自分が嫌いになるのも、ストレス状態にあるからです。周りの人と折り合いが悪くなって、人付き合いが億劫になっているのも、ストレス状態にあるからだから、そういう人を見かけたら、気分転換を進めてあげましょう。

寂しさを感じることが増えたのも、今がクリスマスシーズンだからではありません。ストレス状態にあると、段々孤立していくので、その一環で寂しさを感じていきます。朝起きても「素晴らしい1日!」とは思えないし、イライラしやすくなるのはレジのお姉さんの対応がひどかったからなだけではないのです。

ストレス状態にあると、攻撃的な言動も増えていきます。「話を聴いてあげよう」と自分が似非カウンセラーになろうとするのではなく、気分転換をすすめたりプロの対人援助職を紹介してあげる方が、お互いのためです。

「なんだか集中できない」という悩みも、ストレス状態を表しています。効率を上げる仕組みを探しても、同じようにまた「やっぱりなんだか集中しづらい」と、繰り返していくでしょう。

こうした状態の自分/他人が、まずはストレス状態にあることを、しっかり認めましょう。そして、自分の領域にきちんととどまり、プロの真似事はしないことですね。